第21話 「きたねぇ花火だ」
「おいおいおい。マジかこれ」
「なんということでしょう」
「夢じゃ。これは夢に違いないのじゃ」
とりあえず、一旦宿に帰ってキリクさんや冒険者から貰ったチップを数えていた俺たちは恐れ、慄いていた。
「もう一回聞くぞ? ……ノワール。そっちはいくらだ?」
「はい、こちらは間違いなく銀貨二十一枚です」
「ナイア……そっちは?」
「うむ。銀貨七枚に銅貨十枚じゃ。こちらも間違いは無いのじゃ」
「そうか。そして、俺の手元には金貨一枚に銀貨が二枚。つまり……」
前の世界に換算するなら、約四万円程の金額が俺たちの手元にあることになる。
「ご主人。これが運命ならあるがまま受け入れましょう」
「ううむ。元々の妾達の稼ぎが低かったということかのぅ」
「嘘だと言ってよ!! バーニィ!!」
俺は項垂れた。
だって、一週間真面目に働いた金額が、今日の午前中だけで集まっているのだ。
これは軽く泣きたい。
俺の心はさながら、止まった時の中でロードローラーによって潰された気分だった。
ミンチよりひでぇや。
「うむ? ノゾムよ。ばーにぃとは誰じゃ?」
「あー。ナイア。これは発作による戯言ですから、あまり気にしなくて大丈夫です」
そうかの? ――などとナイアが首を傾げている。
うん、ごめん。
ちょっと現実逃避しました。
「しかしご主人。内容としては嬉しいものです。そもそも、お金を稼げることを期待して、このパントマイムを獲得したのですから」
「そうじゃのぅ。チップにしても、多く貰えて困ることはないじゃろう」
「まぁ、そうなんだが……これはちょっと今後の動きを変える必要があるかもしれないな」
「そうですね。冒険者として稼ぐより、大道芸の方が実入りが良いかもしれません」
「……ううむ。妾としては芸だけをするのはつまらんのじゃ。そもそも、パントマイムが出来るのはノワールだけで妾は基本立っているだけじゃしのぅ」
あ、ナイアが珍しく愚痴ってる。
どうやら、パントマイム中やることがなくて暇っぽいな。
「それじゃあ、こうしよう。午前中に市場でパントマイムをやって、午後は今まで通り冒険者活動だ。冒険者だって、ランクが上がれば高額な討伐依頼も出るし、パントマイムもいつまでウケるか分からないからな」
「異存はありません。良い考えだと思います」
「うむ。名案だと思うのじゃ」
そう言う訳で俺たちの活動方針が決まった。
翌日、早朝から市場はやっているということで、俺たちは日が昇るかどうかという時間から宿屋を出て、市場に向かった。
……ちなみに一番早く起きたナイアに、俺とノワールは起こされた。
彼女は本当に大魔王ヴァンパイアなのだろうか。この世界ではググれないのが残念だ。
「かような時間に市場に行くのは初めてじゃのう!!」
「ああ。そうだな。ギルドの雑用で来たことはあったけど」
「……」
そんなナイアは現在、魔王とは思えないほどの上機嫌スキップを披露している。
そして、ノワールは……がちがちに緊張していた。
「……ご主人。やっぱり、止めにしませんか? ほら、今日が仏滅かもしれませんし。明日にしましょう。明日から本気を出しますから」
「ノワール。お前に良い言葉をくれてやろう。明日やろうは馬鹿野郎だ」
「じゃあ、来世では頑張りますから!! ライガン!!」
「俺やナイアにとっては、ある意味今がその来世なんだよ。はい、論破」
「……うう。」
そんな馬鹿をやっていると、市場についた。
話に聞いてた通り、朝から多くの人が居るが、ほとんどが商品の卸しとその買い取りらしく、市場自体はまだ開いてないみたいだった。
どこも、忙しそうにパタパタしている。
「うーん。この空気じゃあ、大道芸って感じじゃないな」
「良かったです」
「のぅのぅ! あれはなんじゃっ!?」
言いながら、ナイアは交渉の真っ最中だろう人たちに突撃していった。
五百歳ェ。もう少し、落ち着こう。
「あ? なんだ、嬢ちゃん?」
「のぅのぅ! 主らは何をしておるのじゃ?」
「商品の仕入れだよ。……困ったな。親御さんは近くにいるのかい?」
店のおっちゃんも困っているみたいだった。
うん。そうだよね。いきなり幼女が話しかけてきたら動揺するよね。
「すいません。うちの連れが失礼を」
「ああ、良いんだよ。保護者がいるなら、安心した。……嬢ちゃん、ここは今からどんどん人が増えるから、この兄ちゃんと離れちゃいけないよ?」
「ふむ。分かったのじゃ。確かに、ノゾムは弱いからの。妾がしっかり守ってやるのじゃ」
胸を張る幼女。
おっちゃんは微笑ましいというように、ナイアを見ていたが。彼はこの幼女が実際に俺より強いことを知らない。
「お忙しい所、すいません。一つだけお伺いしたいのですが、もし、この市場で大道芸をするとしたら、一番いい場所はどちらでしょうか?」
「ああ。兄ちゃんたちは芸人さんだったのか。この、道をまっすぐ行くと、少しして広場があるからそこが良いと思うよ。偶に来る旅芸人さんもそうしてる」
「有難うございます。後で、何か買いに来ますね」
「はははっ。楽しみに待ってるよ」
そう言っておっちゃんと別れて、広場へ向かう。
おっちゃんが言っていた広場はすぐ分かった。
初めは全然人がいなかったが、一時間もすれば、市場へ向かう人と市場から帰る人で賑わってきた。
大道芸をするなら、絶好のシチュエーションだろう。
そして、俺たちは――
「ご主人!! 無理ですっ!! 絶対に無理です!! 恥ずかしくて死にます!!」
「確かにこれは恥ずかしい……俺は今、前の世界のパフォーマーのみなさんを猛烈に尊敬している」
――ブルッていた。
いや、だって。考えても見てほしい。
人がごった返す往来で、今から、大道芸を始めまーす、なんて急に言えるか?
教室で先生から求められていないのに、手を上げるレベルの暴挙である。
「ううむ。ノゾム。ノワール。何をそんなに震えておるのじゃ?」
うん。この魔王様には分からないようだった。
さすが魔王様。肝が据わっていらっしゃる。
「……いや、しかし。確かにナイアの言う通りだ。……逝くぞ、ノワール」
「嫌です。無理です。このまま行けば確実に失敗します。それはもうコーラを飲んだらゲップが出るくらい確実に」
「どうしてそこで諦めるんだそこで!! 頑張れ! 頑張れ! できるできる絶対できる!! 頑張れもっとやれるって! 積極的にポジティブに頑張れ!! 俺だって頑張ってるんだから!!」
などと、ビビっている俺たちがいつまでも茶番をしていると――ナイアが動いた。
「注目するのじゃーっ!! これから、そこのノワールが大道芸をするから、みんな見るのじゃーっ!!」
……流石、大魔王。
ここまでの追い込み方は俺でも出来ない。
イワシだって、網に掴まるときはもっと優しく追い込まれるはずだ。
広場は祭りのようだけど、俺とノワールの心の中では何万ものイワシの弔いで必至だった。
「ん? なんだ?」
「へー? 大道芸? 芸人さんは久しぶりね」
「あんなにちっちゃい子がやるのか?」
うわぁ。やんややんやと人が集まってきた。
まぁ、幼女が客寄せしてたら、気になるよね。
「……ご主人。私は勘違いをしていました。」
「奇遇だな。俺もだ」
うん。俺たちは勘違いをしていたのだ。
ナイアは疑う余地もなく、魔王だった。
検索エンジンは不要だった。
あの後、半ばやけにパントマイムを始めたが、スキルを持っているお陰なのか、緊張の中でもノワールがミスをすることはなかった。
パントマイムが終わった後、広場は優しい拍手で包まれ、俺たちは多くのチップを渡された。
大人は純粋にパントマイムを楽しんでいるようだったし、数名の子供はノワールが可愛かったと笑う、そんな暖かい風景が広間に流れていた。
ノワールも初めは恥ずかしがってはいたが、最後まで見てくれた人への感謝の念が勝ったらしく、芸が終わった今では、観客のみなさんの前でやたらとお辞儀を繰り返している。
そんな中、俺は――
「ノゾム!! 元気を出すのじゃ!! 結果的には大成功ではないか!!」
「……ナイア。俺は駄目だよ。駄目な男だよ」
――ナイアに励まされていた。
俺は緊張のあまり、登場してすぐに何もない所で転んでしまった。
ノワールがとっさに、パントマイムでそこに何かがあるように見せたから、観客はそういう演出だと思ってくれただろうが……恥ずかしい。
仮に知り合いに見られていたら、俺の心が爆発するかもしれない。
こうして、俺たちの初めての大道芸は結果的には無事に終わり、銀貨二十枚程度を稼ぐことが出来た。
俺たちは礼を言って広場を去り、初めのおっさんの店でチップを入れるための革袋を買って、市場を後にした。
チップも多く貰えたし、市場を出るころには俺たちは上機嫌だった。
――だが、俺は知らなかったのだ。この市場での大道芸が後にあんなことになるなんて。
それは、午後から冒険者の依頼をこなそうとギルドに入った時だった。
「おぅ。お荷物!! 元気にしてたか!!」
やたらとにこやかな冒険者がこちらに近づこうとして――何もない所でこけた。
「……大丈夫ですか?」
「ああ、すまない。ついうっかりな」
俺が助け起こすと、その冒険者が我慢できないというように、笑いながら起き上がった。
なんだろう。なにか嫌な予感がする。
「まったく、だらしないな。お前は」
「ああ。何もない所で転ぶなんて」
「全くだ。そんな失敗をする冒険者なんて見たことないぞ?」
そうやっていると、またギルドの奥から三人の冒険者が話しかけてきた。
そうして、同じように何もない所で転んだ。
……あ、これはからかわれてますわ。
「……見てたんですか?」
「いやぁ、すまんすまん。食材の買い付けに行ったら、たまたまな」
「面白かったぜ! お前、最初右手と右足が同時に動いてたからな」
「転んだとき、超顔真っ赤だったもんな」
知り合いに見られていたと知った時――
――俺の心は爆発した。
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