第20話 「男は黙って連コイン」

 前回のあらすじ。


 冒険者たちが 十万円 ポンとくれた。


「――で、この10万について、二人の意見を聞きたいんだが……」

「え? それは私のステータスを上げるのではないのですか?」

「…うむ。妾もそう思ってたのじゃ。しばらくはノワールの強化はステータスを上げるということで、決まっておらんかったかのぅ?」

 うん。そういう話だったよな。

 それを決める為に、前回は無駄に長い会議をしたんだから。

「ノゾムよ。正直、会議ばかり開くのはつまらんのじゃ」

「……ええ。言いにくいのですが、前回の会議も長引きましたし、コロコロと方針を変えるのも良くないでしょう。しばらくはステータスの強化で動くべきかと思います」

 二人とも今回の会議は乗り気では無いようだ。

 まぁ、俺だって同じ気持ちだし、本当ならサクッとステータスの強化に使う予定だったんだが。

「……いや、実は昨日の件で、考えたことがあってな。二人にも聞いて欲しかったんだ」

「なんでしょう?」

「ほぅ。なんじゃ?」

 あ、二人ともちょっと聞いてくれる姿勢になった。

「いや、昨日チップって形で十万貰っただろう? ……まぁ、状況は特殊だったけど、俺たちの稼ぎに換算すると昨日だけで二週間分の稼ぎが出た訳だ」

「……そうですね」

「うむ。結果だけみるとそうじゃのぅ」

「だからさ。思ったんだが、何か大道芸的なスキルを覚えることで、冒険者としての依頼以外でも稼げるんじゃないかって……」

「成る程のぅ」

「面白そうですね」

 俺がそう言うと、二人とも目から鱗が落ちたような顔した。

 そもそも、ステータスに不安があって、町から出られないなら、町で出来る仕事を増やせば良いのだ。

「そう言う訳で、ノワール。十万で習得出来るスキル一覧の中から、大道芸として使えそうなものをリスト化してくれないか?」

「わかりました。……一応、ご主人でも操作は出来ますからね?」


 そう言いながら、ノワールは何かを操作するように指を動かし、少しして――習得可能スキル一覧をまとめた白い板が現れた。


 <習得可能スキル一覧>

 傘回し(初級)

 ジャグリング(初級)

 パントマイム(初級)

 玉乗り(初級)

 竹馬(初級)

 一輪車(初級)

 口笛(初級)

 ボイスパーカッション(初級)

 ボディパーカッション(初級)

 歌唱(初級)

 ピアノ(初級)

 ギター(初級)

 ドラム(初級)

 etc.etc


 おおぅ。相変わらずの種類だ。これが全部スキル化されてるってのが凄いな。

「うぬ。妾には分からん言葉ばかりじゃの」

「え? そうなのか?」

「うむ。聞いたこともないのじゃ」

 そうなのか。……ううむ。俺がいた世界の大道芸はこちらだとマイナーなんだろうか。

「ちなみに、ナイアが知ってる大道芸とかって、何なんだ?」

「妾が知っておるのは分身とか超再生とかじゃの。妾が千切っても生えてきたのには驚いたのじゃ」

 ……うん。魔王だもんね。

 というか、魔大陸とやらではそういうのが大道芸だったのか?

 違うと信じたい。

「ちなみに、ここに表示されているのはどれも十万円程度ですね。覚えられたとして一つが限界です。」

「そうか。……俺としては何かを試しに覚えてみたいんだが、良いか?」

「うむ。見たことのない芸なら見てみたいのじゃ」

「まぁ、もともと予定になかった収入でしたし。ご主人の自由にされて良いかと思います」

「……よし。試しだと思って取ってみよう」

 ノワールでスキルを取るのは、なにげに初めてだ。

 試すという意味でも、スキルを取ってみるのは悪くは無いだろう。

 俺は覚悟を決めて、ノワールにスキルを習得させた。


 <10万を代償として消費しました。>

 <ノワールは『パントマイム』を獲得しました。>


「あ、パントマイムにしたんですね?」

「この世界の冒険者のステータスを考えると、ジャグリングとかじゃあチップ貰えなさそうでな」

「確かに」

「ほほぅ? ぱんとまいむ、とな? 一体どんな芸なんじゃ?」

「そうだな。……どうだノワール。出来そうか?」

「やってみます。……ええっと。こうですかね?」

 そう言って、ノワールは何もない空間をペタペタ触りだす。

 ……うん。俺からみたら何がしたいのかは分かるが、ナイアは不思議そうに首をかしげていた。

 思った以上に地味だな。

「ノワール。もう少し、動きながらとかぶつかったりとか出来ないか?」

「ええ。やってみます」

 そう言うと、ノワールは動き出して、急に壁にぶつかったような仕草をしたり、壁を確かめるような動作をした。

 おお、意外と出来てるじゃないか。パントマイムに見えるぞ。ノワール。

「……ん? おお? おおぅ?」

 あれ、ナイアには良く分かってないのか?

 ううむ。やはり、何も知らない人にはウケが悪いんだろうか?

「なんじゃっ? 壁か? 妾には何も感じられんが、何が邪魔をしておるのじゃ?」

 あ、そういう反応なのか。

 まぁ、パントマイムを知らないとそうなるよな。

「ノワール!! 今助けるからの!!」 

 おっと、俺は飛び出そうとするナイアを慌てて引き留めた。

「違うぞ。ナイア。これが、パントマイムという芸でな。何もない空間に何かあるように見せる芸なんだ」

「なんじゃと? ……では、あそこには本当に何もないのか?」

「無いな」

 強いて言うなら、動きは見える。けど壁は見えない。

 見えるんだけど、見えないものがあるかもしれない。

「……、っとどうでしたでしょうか?」

「ああ、俺は良く出来てたと思うんだが……ナイアの反応を見ると大道芸として微妙そうだな。」

「……ううむ。本当にここには何もないのか?」

 あ、ノワールがパントマイムしたところをぺたぺた触るナイアさん。

 ……意外性としてはありか?

 まぁ、せっかく覚えたんだし、実際に誰かに見せて試してみよう。

 後は、見世物として面白くするために簡単なネタ合わせをしないとな。

 俺はノワールとナイアに相談して、演出としてのパントマイムの流れを決めた。

 そうして……



「ん? おお。ノゾムじゃないか。どうしたんだ?」

 俺たちはキリクさんたちが泊まっている宿に来た。

 キリクさんなら、ノワールをいつも可愛がっているし、チップをくれる可能性が一番高い筈だ。

 一回目で厳しめの批評が来たら、俺は立ち直れない気がするからな。

「いえ、ちょっとノワールが新しい芸を覚えたんで、キリクさんに見てほしいと思いまして」

「まだ、覚えたばかりで恥ずかしいんですが、いつものお礼ですね」

「芸?」

「あ、ちょっと面白そうね。どうせ、今日は休みだし、見ましょうよ」

「ノノさん。有難う御座います」

「じゃあ、いきますね。……ノワールのパントマイム!」

 そうして、俺たちはパントマイムをした。

 内容としては、歩いてきたノワールが壁にぶつかり、ある場所から先に進めなくなる。

 動けない中頑張って先に進もうとするが、やはり進めない。

 そこで見かねた俺が台になり、ノワールに壁を飛び越えさせようとするが……見えない天井にぶつかって落ちてくる。

 最終的にそんな俺たちの横をナイアがなんなく歩いていく。


 というパントマイムだ。

 ……うん。だいぶ幼稚で、やってて恥ずかしかった。

 ……いっそ殺せ。今の俺は誰の顔も見れなかった。

 そうだ。ノワールなら分かってくれるはずだ。

 一緒に出し物をした仲なんだから。

 そう思いながら、俺はノワールに呼びかけた。

「ノワール?……生きてるかぁ?」

 返事がない。ただの屍のようだ。

 ……多分、俺と同じで恥ずかしすぎて死ねるレベルなんだろうな。

 分かるよ。例えるならこの恥ずかしさは髪の毛に芋けんぴがついてたレベルだ。

 キリクさんたちの反応を見るべきなんだろうけど、恥ずかしくてなかなか見れない。

 まぁ、察せますけどね。……やっぱり駄目だったかぁ。

「おおっ! 始めて見た芸だな」

「ええっ。凄いわねー。ここになにか仕掛けがあるのかしら?」

 あれ? 思ったより、好感触?

 キリクさんは、こうか? こうか? と言いながら、壁を触るようなジェスチャーをして、ノノさんはノワールが壁のパントマイムをしていたところを触っている。

「……ええっと……どうでした?」

「……聞きたくないですが、気になります」

 俺とノワールは戦々恐々としながら感想を聞く。

「いや、凄いと思うぜ?最初は何がしたいのか分からんかったけどよ。なんか、途中から本当に壁があるように感じたからな。」

「ええ。私もそうね。壁に困って、やっと行けると思ったら天井で。私まで悔しくなってきたら、ナイアちゃんが普通に歩いていくから、演技ってことを思い出して、笑っちゃったもの。」

 おおー。

 お世辞かもしれないけど、これは嬉しいな。

 恥ずかしいのをこらえて最後までやり切った甲斐があったって感じだ。

「……お二人とも本当に有難う御座います。私は……私は……」

 あ、ノワールが今までにないくらい感動している。

 良かったな。ノワール。

「こんな時にどんな顔をすれば……」

 赤くなった顔を隠すノワール。

 うん。笑えばいいと思うよ。

「ああ、本当に凄かったぞ! ノワール。……しかも、俺に一番に見せに来てくれて有難うなぁ」

「ええ!本当に面白かったわ!……ほら、コレ」

 そういうと、ノノさんは俺たちに銀貨を渡してきた。

 でも、俺はそれを断る。

「いえ。昨日も頂きましたし貰えませんよ。お礼ということで一つ」

「いや、駄目よ。芸が素晴らしいものだったなら対価を払うのは当たり前のことだわ。ましてや見たことも無かった芸なんですから」

「いや、でも……」

「ノゾム。これに関してはノノが正しい。もっと自分たちの芸に自信を持て。」

 あ、キリクさんが珍しく真面目な顔だ。

 俺は言葉を返せなかった。そうして、俺はノノさんとキリクさんから銀貨を二枚受け取った。

「じゃあ、有難く頂きます。……あ、ちなみに、この芸でお金を頂くことに問題はありますか?」

「ん? 俺はそういうの詳しくないからなぁ。ギルマスに聞いた方が良いだろう」

「じゃあ、ちょっとギルドに行ってきます。……本当に有難う御座いました!」



 そうやって、キリクさんたちに勇気を貰って、やってきました冒険者ギルド。

「おお。ノゾムじゃないか。今日は随分遅かったな」

「ええ。すいません。ちょっといろいろありまして……」

「そうか。……悪いが今日はもう子守の依頼はないぞ? 別のパーティが受けてるからな」

「ああ、いえ。それは良いんですけど、今日は質問があってきたんです……」

 そう言って俺は本題に入った。

 具体的には大道芸でお金を貰うときの注意点を聞くことにした。

「成る程な……そうだな。とりあえず、見せてくれないか? その芸を?」

「「……え?」」

 俺とノワールの声がハモった。そりゃ、そうだろう。

 この知り合いがわんさかいるギルド内で、覚えたばかりの芸をやるとか、俺の寿命がストレスでマッハなんだが。

「実際見ないことには判断も出来ん」

 あー。そりゃ、そうっすよね。

 ……俺たちは涙を飲んで、パントマイムを披露した。

 キリクさんありがとう。

 貴方たちが褒めてくれてなかったら、俺たちの冒険はここまでだったかもしれない。

「っと、以上なんですけど」

終わった後で、ギルドマスターを見る。

おっさんは驚いたように固まっていたが、俺が声を掛けると動き出した。

「あ、ああ。凄いな。……まさか初めて見る芸だとは思わなかった」

 ううむ。もしかして、この世界にはパントマイムは無かったのか?俺が考え事をしていると――

「とりあえず、ホラよ」

 ――そう言って、おっさんは俺に金貨を投げてきた。

 ふぁっ!? 金貨って!? 一万円だぞ!! おい!!

「ちょちょちょっと待ってくださいよ!! なんですか? これは!!」

「ん? 何ってチップだよ。芸を見せて貰ったな」

「いやいやいや、金貨って貰えませんよ!!」

「はぁ。お前は本当に物を知らんよな。……大道芸のチップ料金は見た人が決めるんだぞ? 芸人は安くても、高くても文句は言えないんだよ」

「……えっ? そうなんですか?」

「ああ。ちなみに、これはこの国の法律で決められている。破れば刑罰が下るぞ」

「……謹んでお受け取りさせて頂きます」

「おう。……しかしまさか、俺にも見たことがない芸だとは思わなかったぜ。まぁ、これなら大道芸として見世物にはなるレベルだろう」

 おっさんがびっくりしてた原因はそれか。

「さっき、キリクさんにもそう言われました。……みなさん。やけに見たことがないということを気にするみたいですけど、何かあるんでしょうか?」

「そりゃあ、そうさ。大道芸のチップっていうのは、その芸にどれだけ感動したかで変わる。見たことがある芸より、見たことがない芸の方が料金が高くなるのは当たり前だろうよ」

「成る程」

「ああ。お前たちがやった芸は珍しいもんだ。最初の内はチップも貰いやすいはずだぜ」

 ふーむ。珍しい芸ってだけで一種のステータスなのか。

「おっと、質問はその大道芸をする時の注意点だったな。……王都とかのでかい街なら商業ギルドとかに話を通したりもするんだが、この町にはそういうのを管理してる所はないからなぁ。好きにやって良いと思うぞ?」

「はぁ、好きにやって……ですか?」

 随分とアバウトだな。

 本当に大丈夫なんだろうか。

「ああ。もともと大道芸は個人の才能であり、財産って考えがあるからな。ある程度の自由は国が認めてる」

 そこで言葉を切り、ギルドマスターは続けた。

「だが、さっきも言ったように、チップの値段は見物客が決めるモンだ。貰えなくても、高くても文句を言っちゃいけねぇ」

「なるほど」

 要はまったくお金が入らなくても助けない代わりに、どれだけ儲けても国は関与しないってことか。

 随分と太っ腹に感じるな。

「ほかに質問はあるか?」

「そうですね。それじゃ、毎日人が多く集まるところはありますか?なるべく毎回違う人が集まるところが良いんですが」

「それなら、港の方にある市場か宿屋だろうな。もし、大道芸をやるなら市場が良いだろう。旅商人とかその護衛も多く出入りするからな」

「分かりました。有難うございます」

 明日から、ちょっと行ってみるか。

 そう思っていると――

「ノ、ノゾム!!大変なのじゃ!!」

 ――ナイアが両手にいっぱいの銀貨を抱えて、オロオロしながら話しかけてきた。

「ナイアっ! どうしたんですか!? その銀貨!!」

「おお。ノワールも聞いて欲しいのじゃ!! 先ほどの妾達のぱんとまいむを見ていた冒険者たちからチップと言われて渡されたのじゃ。断れば罪じゃというし、入れ物はないのに、面白がってどんどん渡してきよるし、妾はどうすればいいのじゃ!!」

 見ればナイアが動くたびに銀貨が零れそうになっている。

 そして、ナイアが頑張って手を広げていると、その上からまた銀貨が乗せられるという現象が起きていた。

 ……なんか、ゲーセンにあったな。ああいうゲーム。

「ぬうぅ。止めるのじゃ!! これ以上は乗らんのじゃ!!」

「頑張れ! 嬢ちゃん!! 俺たちの感動の証を落とすんじゃねぇぞ!!」

「むぅぅ。落とさんのじゃ!! 絶対に落とさんから、もう乗せるのを止めるのじゃ!!」

「ほれ、良い大道芸だったぜ」

「ああ、俺は相方の分を乗せるのを忘れていた」

「止めるのじゃー!!」

 ……完全に遊ばれてるなアレ。

 後半は銅貨を乗せてきてるし。

 俺がナイアからチップを預かるまで、ナイアは生まれたての小鹿のようにぷるぷるとその場に立っていた。


 ……おおナイアよ。


 落としてしまうとは情けない……。

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