閑話 「魔王」

 妾の人生には色が無かった。


 妾は大魔王ヴァンパイア。

 五百年ほど前、多種多様な種族が覇権を狙う魔大陸において、世界で唯一のヴァンパイアという特殊個体として生を受けた。

 己の腕のみが生死を決める魔界において、妾は一切の不自由を感じることなく生きていた。

 魔大陸において数え切れないほど存在するモンスターや魔族という全ての生き物が、妾を避け、もしくは崇め、己たちから遠ざけた。

 気づけば妾は大陸を制覇し、魔王として生きていた。

 魔族たちは妾の力を知り、妾の傘下に入ることで安寧を得ていた。

 妾は魔王という神輿として、彼らの上に君臨していた。

 目標は無く、目的は無く、楽しみや生きがいどころか、悲しみや悔しさというものに出会うことすらなく、妾は惰性で生きていた。



 そんな時だった。


 人間などという種が、海の向こうからやってきた。

 傘下にいる魔族の報告では、この魔王城に向かっているらしい。

 少し興味を持った妾は邪魔をせずに、彼らを妾の所まで通すように魔族に命令した。

 初めて目にした人間は十五ほどの個体数で、剣や盾と言った武器防具で武装していた。

 集団で群れる様はゴブリンに似ていたが、妾に剣を向けてくる所からゴブリンより頭が悪いということが分かった。

 彼らはこの魔王城にある宝を奪いに来たらしかった。

 目はギラギラと欲望で輝き、彼我の力量すら考慮に入れず向かってくる人間は、なんとも愚かしく思えた。

 妾は分不相応にも魔王の宝に手を伸ばす人間を、一人残らず断罪した。

 神輿として担がれる妾の数少ない魔王としての仕事だった。



 それからも人間は現れた。

 彼らは初めは少数であったが、徐々に間隔を置かずに現れるようになり、数も次第に増えていった。

 彼らの多くは、やはり魔王城の財宝が目当てであった。

 妾は魔族に一人の例外もなく魔王城に通すように命令を出し、直接彼らの相手をした。

 妾という存在に対して、剣を向けてくる彼らに興味を持ったからである。

 妾は人間を一人の例外もなく断罪し、魔王としての責務を果たした。

 魔族はそんな妾に対し、何も言わなかった。

 賛美の言葉や労いの言葉を受けることもなく、妾は責務を果たし続けた。



 やがて、どれほど断罪しても次々と現れる人間に、妾は興味を持ち、魔族に人間のことを調べさせた。

 始めは意味のない情報ばかりであったが、そのうち魔族の中にも人間の大陸へ渡るものが現れ、多くの情報が妾の元へ集まった。

 人間は種としては酷く弱く、極稀に現れる例外を除けばそのステータスは平均して低いこと。

 また、酷く珍しいことにその思考や思想は個体差が激しく、同族で争うことも日常茶飯事であること。

 魔大陸に現れる人間は冒険者という職につき、欲望のままに生きていること。

 ――など、知れば知るほど人間という種は変わっていて、興味が沸いた。



 それからも時は流れ、人間は現れ、妾は責務を果たし続けた。

 それはやがて、日常となり、新しさは無くなっていった。

 結果として、長い年限の後に、妾はもう人間の来訪に対して、何の興味も持たなくなっていた。



 そんなある日。

 そやつらは唐突に現れた。

 勇者、剣聖、賢者、聖女。

 お互いをそう呼びあう四人は、妾を倒しに来たといった。

 妾はいつものように断罪をするつもりで相手になった。


 ……じゃが、祖奴らはいつもの奴らとは別格であった。


 妾も人生で初めて全力を尽くし戦ったが、戦いは終始、妾が押されていた。

 妾の移動は勇者の聖剣で阻まれ、妾の攻撃は聖女の結界で防がれ、妾の防御は賢者の魔法によって破壊され、妾の体は剣聖の斬撃に切り刻まれた。

 これが満月なら軍配は妾に上がったじゃろうし、せめて半月であったなら五分までもっていけたかもしれない。

 しかし、その日は月の光が一切ない新月であった。

 一時間にもならない戦いは、勇者が首を撥ね、剣聖が心臓を突き、賢者が体を消滅させ、聖女が辺り一帯を清める、という勇者たちの完勝としてなった。


 妾は滅され、色の無い人生は終わりを告げた。




――はずだった。




 何故か、死んだ後も妾の意識は続いていた。

 死後の世界か。とも考えたがそうではなく、妾と言う存在が何らかの力で、回復させられているということが分かった。


 それからは、意識だけがあった。

 体は無く、感覚はなかったが、月の満ち欠けだけは感じられた。

 月だけが妾に感じられる全てであり、癒しであった。

 妾は月の満ち欠けだけを数えて、半ば眠るように過ごしていた。



 時は流れる。

 多くの時が流れ、月は満ち欠けを繰り返し、妾は静かに力を溜めていた。

 やがて、復活の時は来た。


 意識だけであった妾に、魔力が満ちる感覚が伝わってくる。

 それはやがて人型を成し、肉体という器を作った。

 ――瞬間、五感が戻ってくる。

 空気が、温度が、匂いが、風が、音が、感じられはっきりと伝わってくる。

 気づけば、妾は叫んでいた。

 自分はここにいる。確かに妾はここにいるのだと。


「大魔王ヴァンパイア復活じゃーい!!」


 そう主張するように……



 それからの人生には色がついた。

 三百年という年を挟み、改めて感じる世界は、空気でさえも味があるように感じられた。

 妾が感動に打ち震えていると、目の前に一人の人間が居ることに気が付いた。

 あまりにも魔力が低すぎて、全く感じられず、目が合うまではその存在にまったく気づけなかった。

 その存在はノゾムといい、聞けば異世界からの転移者であり、妾が隠していた金貨を盗んだ罪人だと言う。

 妾はかつてのように断罪をしようとしたが、思い直した。

 ここに置いてあった財宝は、かつての部下が収めた物ではなく、妾が自ら稼いだものである。

 ならば、魔王としての在り方ではなく、妾の裁量で裁いても良いだろう。

 そう考えた時、ふと水晶に映る人間の町に興味が沸いた。

 今の妾には、三百年前とは世界が違って見える。

 ならば、三百年前、一番興味を引いた人間を見ることが出来ればどうなるか……


 妾は転移先を決めた。


 それから一ヶ月。

 妾は人間の町で生きた。

 ノゾムとノワールという存在と一緒に――


 話し合い、現状を確認し、方針を決め、行動に移し、


 ――妾は生きた。


 名前をもらって、宿屋のおばちゃんに叱られ、命懸けでゴブリンから逃げて、冒険者と酒を呑み交わし、子供たちにもみくちゃにされ、少ない日銭を三人で数えて、


 ――妾は生きていた。


 この一ヶ月で、ノゾムもノワールも妾に対し、良く笑うようになり、妾も良く笑っていたように思う。

軽口を叩きあった時に感じるこのなんともむず痒い思いは、三百年前には無かったものだった。



 ノゾムが言葉を掛けてくれるのが嬉しかった。

 ノワールがすぐ傍で眠ってくれるのが嬉しかった。


 妾は二人が好きになっていた。

 妾の手の届く位置で、笑いあってくれる彼らの存在が溜まらなく愛しかった。



 だから、彼らが<ステータス>を見せてほしいといった時に……たまらなく怖くなった。

 自分の力を、魔王としての自分を、彼らがはっきりと理解した時。

 彼らがかつての魔族のように

 妾が『断罪』してきた人間のように


 恐怖に顔を引き攣らせ、自分から遠ざかるのではないかと……

 だが、こんな妾に

 こんなに近くで接してくれた彼らを裏切ることはしたくなかった。



 妾は覚悟を決め、<ステータス>を見せた。



 ……彼らは、変わることはなかった。

 ノゾムもノワールもそこに居てくれた。


 妾は思わず、二人に抱きつき、泣いた。

 泣いているのに、嬉しかった。……嗚咽が漏れるのに、嬉しかった。


 そんな妾にノゾムは優しく肩を叩いてくれた。

 妾は一層、力を込めた。



 妾は五百年掛けて、友を得た。


 涙で滲む視界だが


 二度目の人生は多くの色で満ちていた――

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