第11話 「さらば!ゴブリン!黄昏に死す!」

 雑草という名の草はない。という言葉がある。

 雑草というのは人間が勝手に呼ぶだけで、草にもそれぞれ名前があり、生きているということを言いたいのだろう。

 良い言葉だ。感動的だな。……だが、無意味だ。

 雑草としか呼べない草があるからこそ、そういう言葉が生まれたのだから。

 つまり、何が言いたいのかと言うと……

「だぁぁあああ!! 見分けつくかこんなもーん!!」

「ご主人。少し、静かにして下さい。分からなくなります」

「のぅのぅ。これはどうじゃ?」

「あー、これは違いますね」

 いかに有用な植物もその有用性を証明できなければ、雑草なのである。

 というか、本当の雑草と見分けがつかない辺り、なお性質が悪いと言えるかもしれない。

「薬草採取……もっと簡単だと思ったんだがなぁ。」

「そんな簡単なら、もっと早く他のパーティが受けてますよ。」

「のぅのぅ! これならどうじゃ?」

「あー。それも違いますね。」

 俺たちは今、町から出てすぐの草原で、魔力草の採取を行っている。

 この草は、微量ながら魔力を持っているらしく、低級のポーションなどの材料として使われるらしい。

 ただ、他の草が群生しているところに根を張り、養分を奪うという特徴を持っている所為で、これだけを育てるということが難しく、あまり養殖はされていない。

 更に純粋な天然物の場合、群生している植物と異様に酷似した姿で成長するため、見分けを付けるのが非情に面倒くさい。

 ぶっちゃけ、俺たちのパーティだとノワールくらいしか、見分けられない。

 さすが、猫。野生の感的なものが働くのだろうか。

 だが、悲しいかな。

 ノワールの手では採取は厳しかった。肉球だもんね。仕方ないね。

 なので、俺とナイアが集めたものから、ノワールが選別するという方法を取っている。

「討伐依頼とかは新人には受けられないって話だしな」

「そうですね。……まぁ、下積みだと思って頑張るしかないですよ」

「これならどうじゃ!」

「お! それは……違いますね」

「ぐぬぬっ!! 何故じゃ!! なぜ、妾の方がノゾムより持ってきているのに、こんなにも当たりが少ないのじゃ!!」

 あ、ついにナイアが地団太を踏み始めた。

 本当に魔王なんだろうか、この幼女。

「だってなぁ、ノワール」

「そうですね。……このご主人。途中から私が見つけたものしか抜いてませんし」

「なんじゃとっ!?」

 あ、落ち込んだ。

 成る程。さっきからやたら張り切ってるな、と思ったら俺の収穫量を見て張り合ってたのか。

「それではズルではないか!? 独りで張り切っていた妾が滑稽ではないか!!」

 うーむ。気持ちは分かるが、俺としては延々と当たりかどうかも分からない植物を抜く作業には戻りたくない。

 ここは言いくるめてみよう。

「それは違うぞ、ナイア。ノワールは俺のスキルだ。したがって、ノワールの力も含めて俺の功績だと言えるだろう」

「ぐぬぬ。確かにそうかもしれん……」

「……私としては、複雑ですけどね」



 と三人でやんややんや言いながら、規定量を集め終わる頃には日が傾き、空はオレンジ色に変わっていた。

 絵日記でも付けたくなる空だ。きょうはなんにもないすばらしい一日だった。っと

「うっし。帰るぞー」

「うぬぅ。結局、ノゾムに勝てなかったのじゃ」

「ナイア様。ご主人は汚さに定評があるのです。むしろ正々堂々と最後まで挑み続けたナイア様の勝ちと言っても過言ではないでしょう」

 はっはっはっ。ノワールは分かってないな。

 細かいことは良いのだ。勝てばよかろうなのだ。

 ……ん?

 ふと、視線を感じて見てみると、遠くから緑色の小さな人影が四っつほどこちらに向かっていた。

「なんだアレは?」

「私も知りませんね」

「ん?……おお。あれはゴブリンじゃな。あんな奴らでも三百年ぶりに見ると、懐かしさを覚えるものよのぅ」

 ゴブリン……ゴブリンか。

「なぁ、あれはモンスターなのか?」

「まぁ、人間から見たらモンスターということになろうがの。所詮は数だけが頼りの弱小生物よ。人間とてまともな訓練を受けたものであれば苦戦はしまい」

 成る程。一般人とかよりは強いけど、その程度ってことか。

「なぁ、討伐依頼は受けられないけど、自己責任でモンスターと戦うのは良いんだよな?」

「あの受付ではそう言ってましたね。あと確か、モンスターの素材によってはギルドで買い取るとか」

 ノワールと確認する。ふむ。倒せるなら、倒した方が得っぽいな。

 ここは天下無双の魔王様にお願いして、倒してもらって、素材をギルドに持ち込んでみよう。

「という訳で、ナイア。あいつらをババーンとやっちゃってくれないか?」

「ん? 出来んぞ?」

 綺麗な瞳でそういうことを言うナイアさん。

 あれ? おかしいな。

「なんでだ? こう魔法とかで倒せばいいじゃないか?」

「ふむ。そりゃ、魔力があれば出来るがの。妾の魔力はこの街への転移で全部使ってしまったからのぅ。復活直後に無茶した反動で、しばらくは回復もせん」

 今の妾は、見た目通りの力しか出せん、と笑う魔王様ようじょ。

「それに妾よりも、ノゾム。そなたとノワールでやれば良いではないか。単身で、魔王城の奥まで来たそなた達であれば、ゴブリンの四匹など物の数ではあるまい?」

 あ、この魔王、勘違いしてるわ。

「一つ言っておくけど、俺は初めから魔王城に飛ばされてるからな? 俺もノワールも戦闘能力なんてものは持ってない」

「……なんじゃと?」

見つめ合う俺たち。お互いが信じられない物を見た顔をしていただろう。

「ご主人。ナイア様。もう結構近づいているのですが……」

 凍り付いていた時間に、声が投げられた。

 慌てて見てみると、緑の人影はその顔が確認できる程には近づいていた。

 その顔は醜く、歪んでいたが、どうやら笑みを浮かべているようだった。

「うおぉぉぉぉっ!! やべぇぇぇぇぇ!!」

「ご主人!! 落ちますっ!! 落ちますっ!!」

「あっ!! 待つのじゃ、ノゾム!!」

 俺とナイアはその場からダッシュで逃げ始める。

 ノワールは落ちないように必死に俺に掴まっていた。

 ゴブリンたちはそんな俺たちを見て、スピードを上げたようだった。

「だいたい、なんで追ってきてんだよ! あのゴブリンたちは!!」

「ゴブリンは肉食じゃ!! 恐らくは、腹でも空いているんじゃろ!!」

「喋ってないで、走ってください!! ご主人、速さがっ!! 速さが足りないっ!!」

 俺たちは必至で走った。幸い、この場所は門からそんなに離れていない。

 逃げ切れるはずだ。だが――

 俺とナイアは全力で走ってはいるが、ナイアはそもそもの手足が短く、遅い。

 このままだと追いつかれるか。

 そう判断した俺はナイアを担ぎ上げ、加速した。

「くそぉぉっ!! 妾がゴブリンごときから逃げるなどとっ!!」

「言ってる場合かっ!! とりあえず、あんま動くなっ!!」

 幸い、連中のスピードは、ナイアを担いでいる俺と同じくらいだった。

 後は、町まで逃げるだけだ。

 ……しばらくして、町の入り口である門が見えてきた。

 門番もこちらに気づいたように見える。

「もう少しです!! ご主人!! 頑張って!!」

「うむ! さすがじゃ! ノゾム! そのまま行くのじゃ!!」

 だが、俺の足はそろそろ限界を迎えていた。

 大体、幼女とは言え、人間一人抱えて全力疾走ってそんなに長く続くもんじゃないし。

 ……だが、まだだ!! まだ終わらんぞっ!!

 筋肉の性能が、圧倒的戦力の差ではないことを見せてやるっ!!

 俺は最後の力を出し切るつもりで、足に力を入れた――


 ――瞬間、俺は派手にすっころんだ。


 当然、追跡者がその隙を逃すはずもなく、無常にも少しだけあった距離はあっという間に詰められる。

 追いついた先頭の一匹がこちらにその汚い口を近づけてきた。

 俺は必至でナイアを背中で庇う。視界いっぱいにそのゴブリンの顔が広がって――


 パァッンっ!!


 ――ゴブリンの頭が吹き飛んだ。


「へ……?」

 次の瞬間、俺と同じように動揺していた、後ろのゴブリン三匹も同じように爆散した。

 ……そうして誰もいなくなった。

 あまりの状況の変化についていけない。……何が起きたんだ?

「おーいっ!!大丈夫かーっ!!」

 俺が呆けていると、ガチャッガッチャと鎧を揺らしながら、門に居た筈の兵士さんが近づいてきていた。

 彼は何やら話しかけてくるが、うまく耳に入らない。



 助かったのか。それがはっきりと実感出来た瞬間。俺は意識を失った。

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