第12話 「ちょっと男子ー!!しっかりしてよね!!」
我々はこの男を知っている!!
いや! この眼帯とこの顔のキズを知っている!!
……はい、冒険者ギルドの受付してたおっさんです。
今日はおっさんの誘いにホイホイついて行って、ギルドの横の居酒屋に来ています。
「がははははははっ!! なかなかに面白い見世物だったぞ」
「……勘弁してくださいよ」
豪快に笑うおっさん。なにやらずっと上機嫌だ。
あの後、意識を失った俺だが、ノワールとナイアによる状況説明を受けて、門番の人が冒険者ギルドまで俺を連れてきてくれたらしい。……おんぶで。
全身鎧におんぶされる男、というのはギルドの衆目を集めるのには十分だったらしく、みんな興味深々であったそうな。
その後、門番の人による状況説明が行われると、笑が起こった。
曰く、冒険者としてゴブリン程度から逃げ出した挙句、気絶までしたことがツボらしい。
ちなみに、俺はその笑い声で目を覚ました。……死にたかった。
「こっちは薬草採取のつもりだったんですよ。……大変だったんですからね」
「おおぅ。すまねぇ。すまねぇ。ほれ、お詫びだ。飲め、飲め」
「まぁ、頂きますけど」
そうして、俺がギルドで居心地悪くしてると、この受付のおっさんが誘ってくれたというのが、今回の呑みの席だった。
意外と、気配りの出来る人である。……まぁ、奢りじゃなければ来なかったけれど。
こちらには本当に金がないのだ。
後、この世界は十五歳で成人らしく、俺も酒を飲んでいる。
奢ってもらっているのだ、晩酌に付き合うくらいは礼儀だろう。
……べっ、別にお酒に興味があった訳じゃないんだからねっ!
うん、酒は初めてだが、なんだか変な感じがするな。喉とか、胸がポカポカする。
だが、この感じ。嫌いじゃあないぜ。
「……ぬぅ。なぜ妾には、かようなジュースなのじゃ」
因みにナイアは俺の横で、ぶつぶつと恨みごとを言っていた。
恐らく、魔王としてのプライドを立て直すのに必至なんだろう。
……まぁ、なぜも何も、見た目幼女なんだから当たり前だろう。
誰だってそーする。俺だってそーする。
「まぁ、ご主人が死ななくて何よりです。もし、死なれてしまうと私まで消えてしまいますので」
ノワールは相変わらず、俺の頭の上に居座っている。
こいつは人が気絶してる間も、そこから動こうとしなかったらしいからな。
Zなロボットにでも乗っているつもりなのか。パイルダ―オンなのか。
「しっかし、お前らは面白いな。登録に来たときは、自信がありそうだったのにゴブリンから逃げてくるとは…くくくっ!」
途中から思い出したのか、吹き出しやがった。このおっさん。
まぁ、奢ってもらっているのだ。笑われるくらい良いだろう。
あと、魔王がパーティにいるってなれば、誰だって自信はつくよね。
弱体化しているとは思わないもんな。うん。
「うぬぅ」
あ、魔王ことナイアは悔しそうだ。……まぁ、登録の時一番大きなこと言ってたしな。
その分、現状が悔しいんだろう。
俺たちはしばらく、そうやって雑談をしていた。
おっさんは、俺が注文すると面白そうに見ていた。給仕の人も最初はなにやら驚いていた。
まぁ、俺からしたら異世界の料理だからな。興味が尽きないのだ。
「おー!! さっき運ばれてきたルーキーじゃねぇか」
そうしていると、いきなり、声を掛けられた。
振り返ると若い兄ちゃんが店の入り口にいた。
彼は面白そうに笑いながら、こっちに近づいてくる。
「さっきは笑わせてもらったぜ!ありがとうな」
「よかったですね。ご主人。体を張った甲斐があって」
ノワール。主人を芸人か何かだと思ってないか?
快活に笑う兄ちゃん。嫌味な感じは無い。正直な人なんだろうな。
……その分、こっちが醜態を思い出して恥ずかしいんだが、
「おぅ。キリクじゃねぇか」
そこで、おっさんがその兄ちゃんに声を掛けた。
瞬間、兄ちゃんの動きがピシりと止まった。
ギギギっ、と音がしそうなほどにゆっくりとおっさんの方を向く。
「げっ。ギルドマスター……」
「ほほぅ。俺を見て嫌そうにするとは、お前も根性がついたじゃないか」
「いやいや! そんなことはないですよ!! ……では、俺はこれで」
そう言うと、キリクさんとやらは一八〇度反転し、この場所から離れようとする。
どうやら、おっさんが苦手のようだ。
しかし――
「そうか、そうか。嫌じゃないのか! それは、良かった。見た所一人みたいだし、どうせなら一緒に飲もうじゃないか」
――まわりこまれてしまった!
おっさんの手が素早くその兄ちゃんの肩を掴んでいた。
「いえいえいえいえ。積もる話もあるでしょうから、俺はこれで」
「まぁ、座れよ」
「……うす」
あ、兄ちゃんが折れた。うん。さっきまで楽しそうだったのに、ここまで人は変わるのか。すげぇな。
表情とか、有り金全部溶かしたみたいな顔になってるし。
「ご主人もギルドで起きた時、あんな顔でしたよ」
「うむ。大差なかったのう」
止めて二人とも。もう、ナリカネのライフはゼロよ!
話を逸らそう。
「キリクさんは何を飲むんですか。」
「俺はいつもビールだな。」
そういって、席につく。ふむふむ。ビールね。了解っと。
それを確認した俺は手を上げて、給仕の人に――
「分かりました。すいませーん! ビール二つお願いしますー!」
――と注文する。すると、キリクさんは戸惑っているみたいだった。
「おいおい。さすがに二つも一気には飲めねぇよ。二つ目が温くなっちまうじゃねぇか」
おいおい。どっちも自分のだと思ったのかよ。
なかなかに良い性格してるな。
「あ、いえ。一つはギルドマスターのです。少なくなってるみたいでしたので」
「お、おお。成る程な。」
「あ、すいません。確認してませんでした。ギルドマスターは次もビールで良かったですか?」
「ああ。俺も専らビールしか飲まんからな」
「というか、あなたがギルドマスターだったんですね。聞いてませんでしたよ」
「まぁ、聞かれてなかったしな」
そう言う問題なのか。まぁ、ギルドマスターでも何でも関係ない。
奢ってくれる人に悪人はいなかろう。
「お、なんだ。知らないで食事に来てたのか。」
「奢りだというなら、断りませんよ。……そう言えば、キリクさんはご飯はもう食べられたんですか?」
「んあ? まだだな。まぁ、適当に頼むさ」
そう言いながら、荷物を置くキリクさん。
アレは大剣って奴だろうか? ……重そうだな。俺にはとても持てないだろう。
「お待たせしました。ビールです。」
――などと考えていると、新しいビールが来た。
給仕の人から受け取って、一つをギルドマスターに、一つをキリクさんに渡す。
給仕の人のお盆に、先にまとめていた皿が全部乗ったのを見てから、ギルドマスターが飲み切ったジョッキを渡す。
最後に、ご飯物のおかずをいくつかとジュースを一つ頼んでおく。
横の魔王のジュースは割と速いペースで無くなるのだ。
若干、やけになっている気がする。まぁ、支払いはギルドマスター持ちだから良いんだけど。
……ふぅ。下っ端は辛いぜ。
とはいえ、前の世界では親父に居酒屋はさんざん連れていかれたからな。
最低限の仕事は出来ているだろう。
それに、あの時は飲めなかった酒が今日は飲めるからな。
うん。飲んでるとだんだんと楽しくなってくる。これは良いものだ。
気づけば、今日会ったばかりのキリクさんとも笑いながら話が出来ていた。
そうやって、夜は更けていった。
朝。
俺は目を覚ますと、昨日も泊まった宿屋の部屋であった。
「うっ…頭が!」
俺は思い出そうとするが、頭痛が酷くて、考えがまとまらない。
昨日、何があったんだ。
~ギルドマスター視点~
最近、毎日が暇だった。
冒険者ギルドのマスターなんて肩書だが、要は力に任せて暴れる阿呆が出た時に、身の程というものを教えるのが仕事だ。
最近はそう言った馬鹿を見なくなった。……最後にぶっ飛ばしたのは一年前のキリクとかいう馬鹿だった。
Bランクになって天狗になってたからな。あの時は楽しかった。
今時の冒険者は、冒険なんて言いながら、形式通りのS~Eまでのランクの中から自分の腕前にあったものだけを選ぶ奴ばかり。
命知らずの馬鹿が減ったことは良いことなのか、悪いことなのか俺には分からん。
だが、相変わらず俺の受付に人が来ないことだけは、変わらない事実であり、俺の欠伸も止まらないことだけは、はっきりしていた。
しかし、今日は違うようだった。
久しぶりに登録者が出たのだ。しかも、一際変わった奴らだった。
なにしろ、見たこともない生き物を頭に乗せた男と幼女という組み合わせだったんだから。
そいつらは、ギルドに入り、少し周りを見回した後で、迷いなくこっちに来た。
そうして、口火を切ったのは男の方だった。
やたら丁寧な言葉遣い。これくらいしっかりとした教育を受けているなら、貴族の関係者か。
話してみると、冒険者に成りたいと言う。
俺は、テストも兼ねて脅しながら、帰るように言ったが、男は悩みながらも、怯えているようには見えなかった。
下手には出ていたが、こちらから情報を探ろうという姿勢が見えた。
更に、幼女の方は俺に食って掛かってきた。
我ながら、強面の自覚はあったんだが、その幼女は俺の目を見据えながら、きっぱりと啖呵を切った。
極めつけは、男の頭の上にいた生き物だ。
そいつは、あろうことか俺に対して説得を試みたのだ。
人語を解する使い魔など聞いたこともない。上級精霊でも宿しているのだろうか。
舐められないように取り繕ったが、果たして隠しきれたかどうか。
不審者どころか、異常である三人組であったが、俺は冒険者になる許可を出し、彼らをギルドに迎え入れた。
訳ありなのは間違いなかったが、ならばこそ懐で泳がせて、様子を見ようとを思ったのだ。
あいつ等がギルドを出た後に、俺は職員に、上位の使い魔を連れた貴族のご子息について調べるように言った。
なんにせよ、これで俺の退屈だった日常は終わるのかもしれない。
そう、俺は期待していた。
期待はすぐに叶えられた。
夕方ごろ、午前中に登録した例の三人組が門番に運ばれてきたからだ。
聞けば、ゴブリンに殺されそうな所を、門番が助けたのだという。
俺は、自分が警戒していた彼らが、ゴブリンから必死に逃げたと聞いて、笑ってしまった。
そして、意識を戻した時の男の表情がなんとも間抜けで、それを見ていたギルドは爆笑の渦に巻き込まれていた。
少し経って、冷静になった後。
目の前で小さくなっている男を見て、さすがに悪い気がしてきた俺は男を酒に誘うことにした。
男は最初渋っていたが、金は俺が出すと言うとあっさりついてきた。
ちょうどいいから、酒の席でこいつらのことも探るとしよう。
~キリク視点~
いつも通り、いくつかの討伐依頼を終えた俺は、その日の稼ぎを持って居酒屋に向かった。
この町の良い所はギルドのすぐ横に居酒屋があることだ。
店に入ると、ある席の客が目についた。
謎の生き物が頭の上に乗っている。
ああ、さっきギルドで変な顔をしてたやつか。面白かったし、覚えている。
確か、ゴブリンから逃げたんだったか。
冒険者の先輩として、絡みに言ってやろう。
……終わった。
なんでギルマスがいるのか。
一年前、俺が調子に乗ってた時に、この人に笑いながらぶっ飛ばされたからな。
今でも話してると、膝が笑えてくるのだ。……ああ、また震えてきた。
――と、俺が意気消沈してると、新人が何を飲むのか聞いてきた。
俺がビールだと応えると、男は注文し始めた。
変な奴である。普通、注文ってのは自分の分を頼むもんだろう?
よくよく話を聞いてみれば、ギルマスの分も頼んでいた。
ふーむ。まぁ、いいか。
もう、ギルマスと飲むと決まった時点で、この酒は楽しめないのだ。
しばらく付き合った後、脱出して、別の店で楽しもう。
俺はそう考えていた。
……だが、意外にも今夜の酒は楽しい物だった。
酒が途切れないのである。
こちらの酒がなくなりそうだというタイミングで、次の酒が来るのだ。
また、こちらが小腹が空いたと、メニューを開こうとすると、つまみが運ばれてくるという塩梅だった。
なんというか、リズムが良いのだ。思わず、次から次へと口に入れてしまう。
気づけば、俺は普段の二倍以上飲んでいた。
ギルマスも同じようで、べろんべろんになっていた。
こんなギルマス初めて見たぞ、すげぇな。
元凶である男こと、ノゾムも初めての酒ということで、やたらと楽しそうであった。
酒の席で相手が楽しそうだと、こちらまで楽しくなるものである。
そして、ノゾム以外のメンツも愉快な奴らだった。
まず、連れの幼女が冒険者としての話を聞かせろと言ってきた。
尊大な言い方だったが、幼女がやっているとなれば微笑ましいものである。
俺の体験談などを話すと、面白そうに聞くのだ。特に失敗談などがウケが良かった。
また、ノゾムの頭の上の生き物も、ちょうど良いタイミングで相槌を打つので話がしやすかった。
だんだん、俺も口が回るようになっていて、話すつもりじゃなかった女絡みのトラブルまで話していた。
幼女は腹を抱えて笑っていたが、そうして盛大に笑われると何故か俺も気分がスッキリしていた。
そして、それを見ていたギルマスも話に入ってきた。
うっかりミスで死にかけたこと、女の取り合いで犯罪組織を潰したこと、などなど。
ギルマスのそういう話を聞くのは初めてだったので、意外だった。
というか、聞いてたらこのおっさん。俺以上にやらかしていた。…幼女に何を話してんだ。俺たちは。
気づけば、俺はギルマスに親近感を感じていた。
ノゾムの喋り方も幼女の喋り方も冒険者としては珍しく、なんだか貴族に持ち上げられているようで良い気分がする。
最終的に可愛い後輩が出来た俺は上機嫌であった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもんで、気づけば、閉店時間となっていた。
会計をしようとしたら、ギルマスが全部払っていた。
ううむ。普段なら喜ぶんだが、今日はいつもより楽しかった分、俺も金を出したい気持だった。
という訳で、銀貨を五枚ノゾムに渡そうとしたが、コイツもかなり酔っていた。
このままだと失くしそうだ。
という訳で、俺は代わりにノワールとかいう生き物に渡すことにした。
ノワールはかなり喜んでいた。居酒屋では一番、冷静だったのに見る影もなかった。
尻尾が残像が出るほど、小刻みに揺れていた。
ふふふ。見てて面白い奴らである。
コイツらとはまた飲みにこよう。
俺はいつも以上にふらつく足ながらも、スキップ気分で居酒屋を後にした。
そして、曲がり角で転んで、吐いた。
~ギルドマスター視点~
視界の先で、キリクがこけて、吐いてるのが見えた。
ふふふ。馬鹿め。だから、お前はBランクなのだ。
冒険者たるもの、酒を呑んでも酒に呑まれてはいけないのだ。
まぁ、確かに今日はいい酒だったからな。久しぶりに飲み過ぎた。
キリクはこんな俺を身をもって戒めてくれたのだろう。
ああならないようにしなければ。
俺は倒れたキリクから視線を外し、足元に気を付けながら反対側へと歩き出した。
瞬間。看板に頭をぶつけて、地面に倒れ、
……俺は吐いた。
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