第10話 「冒険者に俺はなる!!」

 チュン……

 チュ……チュン……


 鳥たちが囀る音で、爽やかに朝の訪れを実感する。

 凝り固まった体をゆっくり伸ばしていく。ああ、足が痺れているみたいだな。

 無理な姿勢で長く頑張ったからか。俺は少し、悶絶する。

 そんな俺の目の前には一人の女性。

 最近知り合った女性だ。

 俺は彼女にとても大きな恩がある。彼女がいなければ、俺はこの場所にはいないだろう。

 そんな彼女が、俺を見て静かに口を開いた。

「誰が足を崩して良いって言ったんだい? それともアンタの誠意はそんなもんかい?」

「すいませんでした!!」

 俺は一瞬で正座の姿勢に戻った。

 朝から騒いだ罰として、俺は宿屋のおばちゃんに説教を受けていた。

 実際、タダで一泊させてもらって、騒いだのだ。

 これはおばちゃんも怒りますわ。

「大体ねぇ。アンタが一番しっかりしないといけないんだよ? 年上なんだから」

 などと、おばちゃんは仰る。

 だが、彼女は知らないのだ。俺の後ろで、パンを食べてる幼女。実は魔王で五百歳なのである。

 まぁ、見た目は幼女だから仕方ない。

 世の中は今日も理不尽だった。



「ところで……やっぱり、話せないのかい?」

 その後、朝食を終えた辺りで、おばちゃんはそう尋ねてきた。

「そうですね。おばちゃんのことは良い人だと思っていますが、すみません……」

 そう言って俺は頭を下げる。こちらの事情は複雑なのだから、仕方ないが、心が痛い。

「……まぁ、アタシじゃ力になれそうにないからねぇ」

「いえ、昨日泊めて頂いたこと、本当に感謝してます」

「ご主人の言う通りです。朝ご飯まで出していただいて……」

「うむ! 馳走であった! 美味かったのじゃ!!」

 ……魔王に日本人的謙虚さを求めることが間違いか。

 ちなみにノワールは食べていない。

 普通の猫だと勘違いしそうになるが、こいつは<スキル>なんだなぁ、と思い出す瞬間であった。

 そういう俺たちを見て、おばちゃんは微笑んだ。

「そうかい? そう言ってもらえたら、嬉しいさ。……ところで、アンタらはこれからどうするんだい?」

「しばらくは、この町で生活していくつもりです。ただ、ちょっと訳ありな身の上なので…身元不詳でも出来る仕事ってありますか? ……例えば、冒険者とか?」

「冒険者ねぇ。とりあえず、腕っぷしが強ければ良いってのは聞くけど、アタシも詳しくは知らないからねぇ。……ギルドで聞いてきたらどうだい?」

 腕っぷしか。

 まぁ、こちらには天下無双の魔王様(幼女)が居るからな。

 それなら、大丈夫そうかな。

「ご主人は、動けないガリですからね。厳しいかもしれないですね」

 おい、ノワール。ちょっと屋上にいこうや。

「ギルドとな?」

あ、ナイアが話を進めてくれてる。こういうときパーティっていいね。

「ああ。そうさ。場所は……」


 ナリカネはギルドのばしょをおぼえた!


「分かりました。ちょっと話を聞いて来ようと思います」

「まぁ、ガラの悪いのも多く居るって聞くから気を付けるんだよ? それから……悪いんだけど、うちも人手には困ってなくてね。昨日の料金は良いんだけど、いつも泊めてあげるわけにはいかないからね」

 すまなそうにいうおばちゃん。

 だが、それはそうだろう。

 むしろ、一晩だけとはいえ、泊めてくれた上に、ご飯まで出してくれたことに感謝しなければならない。

「いえ。一宿一飯の恩は忘れません。働いて、お金を貯めたら、昨日のお支払いに来ます」

 ……恩と金は絶対返す。これは俺の方針だ。

「そうかい? ……まぁ、無理しないで行っといで」

「お世話になりました」

「うむ。世話になったの!」

 ノワールとナイアもそれぞれ感謝の言葉を投げる。おばちゃんは特にナイアが気に入ったのか、目を細めて頭を撫でていた。

 そして、俺たちはおばちゃんに背を向けて歩き出した。

 俺たちの冒険はこれからだっ!!


 ……いや、まだ冒険者にすらなってないんだけどね。




 という経緯を経て、やってきました冒険者ギルド。

 うん。ここは俺たち(少年、黒猫、幼女)の来る場所じゃないね。

 ここにいる人の大体が武器やら鎧を身に着けたおっさんたちだもんね。

 あと、獣耳の人とか、エルフっぽい長い耳の人とかもいた。

 幻想郷はここにあった。

 閑話休題

 ……さて、こういう場所は絡まれる前に、職員に話を聞くにかぎる。

 そう思って、俺が職員を探すと受付っぽいところがあった。

 三っつあるようだが、一つだけ誰も並んでいない。

 とりあえず、俺たちは何も考えずに、空いてる方に並ぶことにした。

「ん? なんだ、坊主?」

 そこでは、片目に眼帯を付けて、額から顎にかけて大きな傷を持った、やたら声の低いおっさんが受付をしていた。

 改めて見てみると、他の2つの受付は若い女性だった。

 ……そりゃあ、そっちに並ぶわ。

「すみません。お伺いしたいのですが、冒険者に成りたいんですが、仕事内容などを教えて頂けませんか?」

 だが、並んだものは仕方ないと割り切り、俺はそのおっさんに質問をしてみることにした。

「はぁ? ……冒険者が何かも分からないでこっちに来たってのか? ……帰んな、坊主。こっちは遊んでる時間はねぇんだ」

 不機嫌そうに答えるおっさん。

 嘘だろう、それは。

 ここの受付、誰も並んでないじゃないか。

「そこを何とかお願いします。こちらも遊びで言ってるんじゃないんですよ」

「はっ。良いとこの坊ちゃんが成るような仕事じゃねぇさ。あんまり憧れるようなモンでもねぇ。ほれ、帰りな」

 ううむ。どうやら話運びを間違えたようだ。

 完全に子供扱いされてしまったぞ。……どうするか。

 ここは全世界に愛される猫さんの本領発揮だな。いけ、ノワール。君に決めた。

 俺は頭の上のノワールに小声で言う。

 ノワールは頷くと受付の上に降りて、言った。

「私からもお願いします。お話だけでもお伺い出来ませんか?」

 出たーっ! ノワールさんの上目遣い&首傾げのコンボだーっ!!

 日本人の実に七割がコロッとやられる技だ! (自社調べ

 これは決まったか!!

「うぉ。何だこの生き物は。お前の使い魔か? 書類を散らかすんじゃあない」

 あーっと! 効果はいまひとつのようだ。

 ……とういうか、猫を知らないっぽいな。

 マジか。人生の七割損してんな。(自社調べ

 ……それから、ノワール。寂しそうな顔すんな。半分は書類の上に着地したお前のミスだ。

「なんじゃ。今の冒険者とやらは、実につまらぬ存在になったのじゃな」

 ――とその時、後ろでナイアがそう言葉を漏らしていた。彼女が知っている時代とはなにかが違ったのだろうか。

「……あぁ? おい、嬢ちゃん、今なんつった?」

 あ、やべぇ。おっさんにばっちり聞かれたっぽい。怒気が少し強くなってる。

「今の冒険者はつまらぬ、と言ったのじゃ。妾が知っておる冒険者とやらは、西に財宝があれば三日で行き、東に美女が居ると聞けば一日で向かうようなやつらじゃった」

 マジか。

 そんな奴らになろうとしてたのか、俺たち。

「人間という酷く矮小な存在のくせに、果てしない大望を掲げる所など実に愉快そうだったものじゃ。……それが子供の頼みも聞けんとは。なんとも小さくなったものよのぅ」

「……貴族様がどんな夢を見てんだが知らねぇけどよ。冒険者だって生活がかかってからやってんだよ。そういうのが好きなら、吟遊詩人たちの歌でも聞いてな」

「はっ! 歌にもならぬ生き様で、冒険じゃと。これは滑稽なことよのぅ」

「んだとっ!!」

 うおおお!!

 さすがにナイア煽り過ぎだろう!!

 とりあえず、場を沈めないと!!

「すみません!! ……こいつ、昔に会った冒険者に憧れてまして。悪気があった訳じゃないんです」

 そう。冒険者に憧れていたから、討論になったという方向性に持っていく。

 自分たちが憧れだったと言われれば、悪い気はしないだろう。

「ああ!? ……そもそも兄ちゃんの教育が悪いんじゃないのか?」

 うおぉぉ! 効果なかった。

 むしろ、めっちゃこっちを睨んできた。ナンテコッタイ。

「ほら! ナイア様も早く謝ッテ!!」

 杖の上のノワールがナイアに言っている。

 うん。怖いもんね。このおっさん。……ってか、お前はそろそろ机から降りろ。

「……むぅ。しかし、こちらの話を聞こうともしないのが悪いんじゃ!」

 しかし、ナイアはご立腹であった。彼女は前言を撤回することもなく、ぷいっと横を向いてしまう。

 まぁ、魔王って普通崇められる立場だろうし、相手にされないという体験は初めてなのかもしれん。



 しばらく、おっさんはにらみを効かしていたが、ナイアが謝ることはなかった。

 ……俺とノワールが間でオロオロしていると

「……気に入ったぜ。嬢ちゃん。なかなか根性あるじゃねぇか!」

 いきなりおっさんがデレた。

 なんだ、なんだ。どこにフラグがあったんだ?

 まぁ、これで丸く収まりそうだと、ノワールと胸をなで下ろしていると――

「はっ!! そりゃ、器の小さくなった冒険者と比べたらのぅ!!」

 ――うちの魔王はバッサリ切った。

 うおーい!!

 なんで、向こうから歩み寄ってくれたのに、バッサリ切るん!!

 そんなに、おこなのか?

 どのくらいだ? 激おこか? ぷんぷん丸か?

「ははっ! 合格だ! それぐらいじゃなきゃ、いけねぇからな」

 だが、おっさんはますます上機嫌だった。

 幼女を怒らせて、機嫌が良いとか、このおっさん、なかなかの上級者だな。

「……えーっと?」

「おう! 兄ちゃんもすまなかったな。……これは一種のテストみたいなもんでな。ここでビビるような奴ならどうせモンスター相手に殺さるからな。そういう奴を弾いてんだよ」

 え?

 あ、そうですか。テストでしたか。

 よくよく考えれば、仮にも職員がああいう態度取るわけないよな。

「まぁ、兄ちゃんもオロオロはしてたけど、ビビっては無かったみたいだしな。ヒョロイ見かけだが、腕に覚えでもあんのかい?」

「はははっ。そんなところですかね」

 曖昧に笑ってごまかす。日本人はそういうスキルが高くて困る。

「ははは。ご主人に限ってまさか」

 ノワール。三味線に成りたいのか。

 まぁ。ぶっちゃけ、確かに迫力はあったが、前に感じたナイアの殺気ほどではなかったしなぁ。

 正直、貴方がナイアに殺されないかの方がハラハラしてましたよ。

「まぁ、初めて来た奴らはみんなやってるこった。……それでも、普通はあいつ等の所に並んでから、こっちに回されるんだけどな。初っ端から俺の所に並んだ奴は、お前らぐらいだぜ」

 おっさんは嬉しそうだった。

 うん。だって、明らかに暇そうだもんね。おっさん。

「とりあえず、冒険者ギルドへようこそ!!根性ある奴ぁ歓迎だ!!」



 そうして、俺たちは冒険者になった。



 ……ちなみに、


「ほほぅ!!妾を試しておったのか。お主、なかなかの胆力よのぅ!」

「がははは!!嬢ちゃんこそ、なかなかの根性だったぜ!!」

 おっさんと幼女は仲良くなってた。

 言えねぇよ……アンタが試したその幼女が魔王だなんて。

 俺にはとても言えねぇ……

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