第9話 「我輩は猫である。名前はまだ無い」

 朝。

 意識がぼんやりと起きだした頃、俺は腕の中に心地よい重さを感じていた。

 触るとほんのりと温かくて、柔らかい感触を返してくる。

 気持ちよくて、撫でていると――

「んぁ。…やぁ」

 ――という声が聞こえてきた。

 ……俺は一気に血の気が引いていくのを感じた。

 昨日の記憶を思い返す。

 魔王様ようじょはベットに寝ていて、俺は床で寝た筈だ。

 俺は決して、YES.ロリータ.NO.タッチ。の誓いを破ったりはしない。

 ……だが、向こうが寝相でこちらの布団に潜り込んでいれば?

 俺が触っている場所によっては事案ものだ。

 父さん、母さん。貴方たちの息子は犯罪者になってしまったかもしれません。

 まだだ。まだ、諦める時間じゃない。……確かめなければ。

 俺は震えながら、確認した。

 俺の右手は――


 ――猫の腹を撫でてました。

 うん。実は感触で知ってた。

「お前かーい!!」

「うにゃぁぁぁぁ!?!?!?」

 俺は叫びながら猫を投げ飛ばした。ちゃんと軽く、ベットのほうに。

 ……まぁ、寝起きでやられるとびっくりするよね。

「なんじゃ!? 敵襲かっ!?」

「なんですか!? 何が起こったんですか!?」

 あ、猫も魔王様も起きた。そりゃそうか。

 まずいな。あんまり騒ぐと怒られそうだ。……朝だしな。

 ちなみに、窓から見える明るさで察するに、今の時間帯は日が昇り始めるかどうかという所だろう。

 さすがに、この時間に起きる人は少ないはずだ。

「あー。すまん。俺がやった。二人とも落ち着いてくれ」

「なんじゃとっ!?」

「ご主人が!? 何かあったんですか?」

 取り乱す二人に、俺はしっかりと誠意を持って応える。

「興味本位でやった。反省はしているが、後悔はしていない」

 魔王様は大きく振りかぶって、猫を投げた。

 猫による綺麗なドロップキックが、俺の顔面に突き刺さった。

 ……いつ練習した。この連携技。



「さて各自、目も覚ましたことだし、第一回これからどうしようか会議をしようとおもいます」

「大変、不本意ながらも、会議自体には賛成です」

「うむ。妾も異存はない」

 過程はどうあれ、せっかく三人とも早起き出来たので、俺は時間を有効に使おうと思い、会議を開くことにした。

 少し悩ましい所があるとすれば、頭の上の猫から尻尾による不機嫌アッピルのぺしぺし攻撃がきていることか。

 ちなみに同じ寝起きドッキリの被害者である魔王様は、もう欠片も気にしてないようだった。

 この辺の気持ちの切り替えが人気者の秘訣だろうな。猫も見習うべき、そうすべき。

「では、会議を始めます。……まず、我々の方針を決めようと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「異論有りません」

「妾もないのじゃ」

「ありがとうございます。……私としては『一億を稼ぐ』ということを方針としようと思うのですが、どうでしょう?」

「良いと思います」

「……ふむ。妾としてはそれだけに囚われて欲しくはないのじゃがの。そもそも、三百年ぶりの世界じゃ。気ままに謳歌したい」

「そうですか。……では、気ままに生きながら、一億を目指すということでどうでしょう?」

「そうじゃな。それくらいの方が楽しそうじゃ」

 かかかっ――と、笑う魔王様。どうやら大層ご機嫌らしい。楽しそうで何よりです。

 そんな軽い気持ちで一億が稼げるのか、というツッコミはスルーで。

「さて、方針が決まったところで、今後どうするかなんですが……正直、この世界の常識を知らなすぎるので俺では決めかねます」

「私の知識もこの<スキル>としての知識以外は、ご主人と変わらないので、お役に立てませんね」

「ふむ。……人間の事情には詳しくないのじゃが、三百年前なら冒険者とかいう輩がワラワラおったぞ? お宝目当てに妾に挑んでくる奴らで、なかなかに楽しそうであった。全部、蹴散らしたがの」

 冒険者。そういうのもあるのか。

 それなら、身元不詳でもやっていけそうだし、情報を集めてみるのも良いかもしれない。

「では、今日はおばちゃんと話をした後、冒険者とやらについて、情報を集めてみましょうか」

「異議なし」

「それで良いのじゃ」

「では、最後に各自。現状に対して疑問や不満などあれば発言してください。しばらくはこの三人で行動することになりますので、そういう所は早めに解決していこうと思います。……では、不満のある方は挙手をお願いします」

「はい」

「うむ」

 頭の上の猫と目の前の幼女から声が上がった。……大丈夫か、このパーティ。

「えー。では魔王様からお願いします」

 まぁ、どちらも聞くが、まずは目上からだろう。

「うむ。妾からの要求は一つじゃ。主、妾に対する敬語を止めよ」

「……それは構いませんが、理由をお伺いしても?」

「距離を感じるのじゃ。妾にもそこな<スキル>と同じ言葉遣いを要求するのじゃ」

 正直、魔王様には頭が上がらない程の恩があるから、敬語を使いたいんだが、受ける側の主観が全てだしなぁ。

 その辺はセクハラと同じである。

「それなら、分かった。今後は改めよう」

「うむ。扱いも雑で構わん。妾からは以上じゃ」

「次は私ですね」

 シュバッ、っと猫が上から顔を覗き込んできた。

 よっぽど、不満が溜まってたのか? 食い気味だったぞ。

「私からは二点あります。まずは一点。……魔王様、ご主人の呼び方を変えて頂けないでしょうか?」

 猫は魔王を見て、そう言った。

「うぬ? 構わんが何故じゃ?」

「何故か分かりませんが、ご主人が『主』と呼ばれると、モヤっとするのです」

 なんだそりゃ。感覚的過ぎて意味が分からんな。

「ふむ。分からんが、分かったのじゃ。今後は名前で呼ぶとしよう。……ん? そう言えば、名前を知らんのぅ」

「あ、そう言えば、自己紹介してなかったな。俺は成金 望だ。好きに呼んでくれ」

「ナリカネ ノゾム じゃな。了承したのじゃ。では、今後はノゾムと呼ぶことにしよう。……これで良いかの?」

「ありがとうございます。それなら、大丈夫です。…そして二つ目なのですが……」

 そこで言葉を区切ると、猫は俺を見てこう言った。

「ご主人、私の名前を早く付けて下さい!!」

 ……え? コイツ名前無いのか?

 てっきり<貯金>みたいなスキル名があると思ってた。

 そう言えば、確かに名前みたいなのは聞いてないしなぁ。

「そのまま猫じゃあ駄目なのか?」

「それは種族名じゃあないですか!! 私は、私を表す名前が欲しいのです。……それにご主人。自分の<スキル>に名前を付けたくないんですか?」

 ん? 言われてみれば……

 能力に名前をつける、だと!! カッコいいじゃないか!!

「コイツはグレートな展開だぜ。……『名前』を『付ける』んだな。お前に」

「『チャンス』は一度です。やり直しは『認めない』」

 成る程。確かに名付け直しを認めるなら、興ざめも良い所だろう。

 良い条件だ。緊張感がある。

 ルールを確認したところで、俺たちは二人でドドドッ、ゴゴゴッなどと呟きながら円を描く。

 中心の魔王は楽しそうであった。……うしろのしょうめーんだーれだ。

 一週したあたりで俺と黒猫はお互いに足を止める。

 そして――

「お前の名前は<ノワール>だ。」

 ――俺は、猫をピシッと指さし宣言した。

 そして、その瞬間――

<スキル名を『ノワール』としました>

<スキル『ノワール』が新しく世界に認知されました>

 ――脳内に謎の音声が流れた。

 前も聞いたが何だろうなこれ。この世界の神様とかの声なんだろうか。

「私はノワール。ありがとうございます。ご主人。……一応、この名の意味をお伺いしても?」

「いやだって、お前黒いじゃん」

「ですよねー。……まぁ、響きは良いですし、変な名前になるよりは良かったです」

 私はのわーる、のわーる。のわーる? などと、呟く猫。イントネーションを確認しているのか。

 とりあえずは、気に入って貰えたようだった。

 まぁ、俺の記憶を持ってる奴だし、センスは似たようなモンなんだろう。

「じゃあ、これで会議は終わりかな?」

「待つのじゃ!!」

そろそろお開きにしようと思ったが、鋭い魔王の言葉がそれをさせなかった。

「……どうしたんだ? 魔王?」

「妾は先のノワールの言葉に感銘を受けたのじゃ。……種族名は名ではない。言われてみれば確かにそうよのぅ!! 人間とは実に多様な名を持つものじゃしのぅ!! かかかっ!! 妾ともあろうものが、この五百年ずいぶんと寂しい人生だったことよ!!」

 上機嫌で捲し立てる魔王。……何か良いことでもあったのかい?

「のう!! ノゾム!! 妾から一つ、頼みがあるのじゃ」

「まぁ、俺に出来ることなら聞くけども。どうしたんだ?」

「妾にも名を付けるのじゃ!!」

「……はい?」

「妾はこの世界、唯一のヴァンパイアという種族じゃ。魔王ヴァンパイア、五百年それで生きていたし、それでいいと思っておった。……じゃが今、ノワールが気づかせてくれたんじゃ」

そこで息を吸って、魔王は続ける。

「ヴァンパイアとは妾を指す言葉ではない!! 妾のような生き物を指す言葉じゃ。妾にも、妾だけを表す名前が欲しいんじゃ!!」

 理由は分かった。

 確かにあの地下室では魔王ヴァンパイアって名乗ってたもんな。

 ……というか、この世界ではヴァンパイアはこの魔王しかいないのか。

「理由は分かった。……だけど、自分で好きな名前を決めた方が良いんじゃないのか?」

「かかかっ。先ほどのノゾムとノワール。随分と楽しそうだったではないか。あれを見て一人で名付けるなど出来よう筈がないわい」

 どれこうだったかの――、そう言いながら、魔王はドドドッと呟き、円を描き始める。

 何という吸収力。これが、魔王という存在か。

 俺は戦慄しながら、同じように、円を描く。

 ……ちなみに、魔王も猫と同じで低音は出し切れず、現状可愛い鼻声のドドドッが部屋には流れている。

「条件は先ほどと同じじゃ。やり直しは認めぬ」

「っ!?……やれやれだぜ」

「ちとハードですね……この状況は」

 頭の上の猫、もといノワールもこの状況の厳しさを理解したようだった。

 恐らく、魔王は先ほどの状況を模写している。なら一周するまでに名前を考えなくてはならない。

 俺は頭を必死で働かせる。そんな俺の様子を、魔王は楽しそうに見ていた。

 ……もしかして、さっきからこれを楽しみにしてたのか。

 そして、その時はきた。

 俺は、動きを止めた魔王を指さし、静かに告げた。

「……お前の名前はナイアだ。」

「ふむ。意味を聞くのが礼儀じゃったかの?」

 彼女はナイアと呟きながら、そう言う。

「……元のヴァンパイアから取っているのと、俺の世界のナイト(夜)という所から取っている」

「ほぅ!! やはり、名付けには意味があるのか!! くくくっ!! 成る程のぅ!! ほんに面白いっ。では妾はこれよりナイアじゃ!!」

 そう高らかに魔王は宣言した。……今度は変な声は聞こえなかった。

 あの声が聞こえるのはスキル関連の時なのかもしれない。

 ちなみに、魔王の名前の意味はもう一つ。

 曰く名状しがたい混沌からも取っているんだが、それは言わなくても良いだろう。

 魔王だし。それくらいのパンチはあっても良いはずだ。

 名前を付けられ、上機嫌になった猫と魔王を連れて、俺たちはおばちゃんの元へ向かった。



 そこで、朝からうるさいとおばちゃんに叱られた。

 しかも、俺が一番の年長だということで、俺は朝飯まで、少し減らされることになった。


 ……他のメンバーに五百歳が居るのに。解せぬ。

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