第8話 「夕べはお楽しみでしたね」

「目がぁぁぁっ!? 目ぇぇがぁぁあああ!?」

 魔王様からの攻撃を見守っていたら、光に目をやられました。

 ナリカネです。

 しばらく、ゴロンゴロンと転がっていたら、頭を何かで抑えられた。

「ご主人。さっさと起きてください」

 猫だった。

 ……そうか。お前も死んだのか。

 前回の死と違って、まったく痛みが無かったのは、あの魔王様が優しかったからだろうなぁ。

 そう思いながら、俺が目を開けると――

「ん? ……うおぉぉぉおっ!!」

「おおっ。なんじゃ。元気ではないか。網膜にも影響は無いようじゃし、安心したぞ」

 ――幼女が超至近距離で、こっちを覗き込んでいた。

 俺は慌てて後ずさりながら、息を整える。

 ……そういう不意打ちはやめーや。

 俺の中の紳士ガイアが目覚めそうだから、やめーや。

 ――ってか、あれ?

 殺されたんじゃなかったっけ? 俺。

 落ち着いて、辺りを見てみれば、そこは人気のない路地だった。

「え? ……なにがどうなって?」

 教えて!! エロい人!!

 とか、混乱しながら俺が考えていると――

「……それがですね」

 ――猫がちょい、ちょいと魔王様を指さした。

「いやぁー。……ついうっかり、水晶を持ったまま魔力込めたせいで、人間の町まで転移してしまったのぅ。これからは、人間の協力者が必要になるじゃろうし、泥棒とは言え殺せなくなってしまったわ。困ったのじゃー」

 そこには左斜め上を見ながら、棒読みで呟く幼女がいた。

「……という訳です、ご主人」

「マジかよ」

 状況は分かった。

 この魔王様。

 俺の為に、わざとそんなうっかりをしたのだ。

 ……おいおい。

 そんな理由で魔王から見たら、敵勢力である人間の町に飛んだのか?

 一回しか、選べない最初の転移先が他人の為なのか。

「魔お……

「ああ、これは『妾のうっかり』じゃが、こうなってしまったからには主らには協力してもらうぞ?」

 思わず出かけた俺の言葉を、途中で遮って、手で制しながら、彼女はそう言った。

 俺は理解した。

 多分、この魔王様は半分くらい優しさで出来てる。

 頭痛薬もびっくりの配分だった。

「嫌だと言っても、駄目じゃ。妾は主らについていくからの」

「……それで、良いのですか?」

「うむ。なにより、面白そうじゃからな!!」

 そういって、魔王様は笑った。

 ……どうやら、彼女はこちらに気を使わせたくないようだった。

 気に病む必要はない、礼はいらない。

 そういう気持ちが伝わってくる。

 それなら、俺から言えることは一つだった。

「俺が生きてる間に、一億は絶対に返します」

 貰ったものはきっちり返す。……金も恩も。絶対に。

 前の世界では、恩は返せなかった。今度は裏切りたくない。

 そう思い、自らに刻むように紡いだ俺の宣言を受けて、彼女は少し驚いた後、笑って言った。


「うむ!! 楽しみにしているのじゃ!!」


 トレトレトレティーン!!

 まおう が なかまに くわわった。



「それで、これからどうします? ご主人?」

 魔王様の同行が決まった時点で、黒猫がそう聞いてきた。

「まぁ、とりあえず町を見てみるしかないだろう」

 俺はそんな猫に対して、そう言葉を返す。

 それしかないだろうと思ったからだ。

 どうしてこの猫はそんな当たり前のことを聞くのだろう、と考えた俺だったが――

「おお!! 町に行くのも三百年ぶりじゃ、楽しみじゃのぅ!!」

 ――次の魔王様の言葉で思い至った。

 ああ、魔王様が居るからか。

「魔王様がバレると大変ですよね。……顔を隠せるものとかありませんか?」

「それはないが、大丈夫じゃろう。今でこそ弱体化してこのなりじゃが、三百年前はもっとイケイケじゃったからのう。妾!!」

 ――などと、胸を張る魔王様。

 ……イケイケて。

 確かに世代は前っぽい。

「なるほど。……まぁ、三百年も前なら大丈夫ですよね」

「うむ」

 そういう会話を交わし、結局、対策らしい対策は取らずに路地を歩き、町の中心へ向かってみた俺たち。

 大通りっぽい所に出ると、夜だというのにそれなりに賑わっているようだった。

 まぁ、前世のネオン街ほどではないが。

 ふらふらと町を見てみたが……この時間に開いているのは居酒屋と宿屋くらいなものだった。

「さすがに今日は疲れたので、ゆっくり休みたいですね。」

 猫はもう自分で歩くのも疲れたのか、俺の頭の上で丸くなりつつ言う。

 おい、スキル。主人をアッシーにするんじゃない。

「そうか? 妾としては、まだまだ三百年ぶりの生を謳歌したい所じゃが、主らが休むというなら付き合うぞ」

 そして、ここでも寛大さを見せつける魔王様。

 ……思うんだが、なんでこの人、討伐されたんだろうか。

 まぁ、俺も疲れているので、魔王様には悪いがここは猫の意見に賛成だ。

「じゃあ、宿に向かいましょうか」

「ご主人。お金なんかありませんよ」

 猫は呆れたように言う。まぁ、普通に考えればそうだろう。

「大丈夫だ。俺に案がある」

 ――という訳で、旅荷物を持っている人に、おすすめの宿屋の場所を聞いて、俺たちはそこに向かうことにした。



「はいよ~。いらっしゃい」

 一五分程、歩いたところで目的の宿屋を見つけて中に入ると、聞いていた通り、人当たりの良さそうなおばちゃんが迎えてくれた。

「お泊りかい?」

「はい。一部屋お願いしたいのですが……」

「ふむ。そっちの子も一緒でいいんだね?」

「そうです。一番、安い部屋をお願いします」

「あいよ。そしたら、銀貨で二枚ってとこだね」

 ふむふむ、銀貨で二枚ね。

 果たしてどのくらいの金額なのか全くわからんが、ここからが俺の秘策の見せ所だろう。

「お金なんですか、今持ち合わせがなくて。……宿の仕事を手伝いますのでなんとかなりませんか?」

 これが、俺の秘策だ。日本でも食い逃げ犯が皿洗いをさせられるというし、悪くはない策だろう。

 頭の上の猫からは、何故かがっかりした雰囲気が伝わってくるが、知らんな。

 さぁ、おばちゃん今こそ下町の人情を見せる時だぜ!!

「お帰りはそっちだよ」

 にべもなかった。渡る世間は鬼ばかりか。

「そこをなんとかお願いします。最悪、泊めるのは一人だけでも良いんです」

 そう言って、魔王様を指さす。

 そう。

 そう言えば、このおばちゃんの俺に対する印象が良くなるだろうというゲスい考えの行動だ。

「……アンタら訳ありかい?」

「ぶっちゃけそうです」

 俺は素直にそう答えた。

 まぁ、誰から見ても訳ありなのは間違いないだろうし、そこを隠しても意味は無いだろう。

「一晩だけで良いんです。お願いします!!」

 俺は勢いよく頭を下げる。

 気持ちを相手に伝えるときは仕草を大きく見せることが大事なのだ。

 そうして少し待つが……おばちゃんからの返事がない。

 どうしたんだ?

 疑問に思った俺が視線を上げると、猫がおばちゃんの顔面に張り付いてた。

 どうやら頭を下げた時に、勢いよく飛んでったらしい。かっとビングだぜ。

「……アンタは物の頼み方が分かってないようだねぇ」

 あ、おばちゃんが怒ってらっしゃる。

 肩とか震えてるし、これはマズいかもしれない。

「アンタがどういう教育を受けてきたのか知らないけどねぇ。アタシがしっかりと道理って奴を教えてやるよっ!!」

 怒りながら、おばちゃんは顔に張り付いていた猫を剥がし、机に置いた。

 ……怒っているように見えたが、意外と冷静なのかもしれない。

「私はこの兄ちゃんと話があるからねぇ。お嬢ちゃんは部屋に行ってな」

 そう言って、魔王様に鍵を渡すおばちゃん。

 ……ん?

「部屋は突き当りを右だからね。間違えて他のお客に迷惑を掛けることだけはするんじゃないよ」

 魔王様はこちらとおばちゃんを何度か見ていたが、雰囲気に押されたのか。部屋に向かった。

 ……雰囲気に流されるとか、それでいいのか魔王様。

「……さて、兄ちゃん。事情を話しな。さすがに今のままじゃ泊めてあげらんないよ」

 魔王様が廊下を曲がり、完全に見えなくなると、おばちゃんは少し、困った顔をしながらそう言った。

 そこには先ほどまでの怒りはもう無かった。

 どうやら、演技だったらしい。

「あの?」

「さぁ、あの子はもう見てないんだから、もう強く振る舞うことは無いんだよ」

 衝撃的事実、おばちゃんはめちゃくちゃ良い人だった!?

 ――とはいっても、さすがに俺が異世界人であるということと、連れが魔王であるということは話せない。

「本当に申し訳ないのですが、理由は上手く話せないんです。……言えることは今日、無一文でこの町に来て困ってるぐらいでして」

 そういうと、おばちゃんは難しい顔をする。

 本当にいい人なんだろう。正直、俺たちとしても話も聞かずに追い出されても文句は言えないのだから。

「……あの、私からもお願いします。後、顔にぶつかってしまってすいませんでした」

 と机の上の猫が頭を下げた。

 ……黒猫よ。

 その発言は今なのか?

 まぁ、ずっと謝るタイミングを探してオロオロしてたのは知ってるから何も言わないけどさ。

「……」

 黒猫の発言を聞いて、おばちゃんは固まっていた。……どうやらめっちゃ驚いてるみたいである。

「アンタは? ……なんなんだい?」

「私はこのご主人の<スキル>です。驚かせてしまってすいません」

 おばちゃんが無言でこっちを見る。

 俺はとりあえず、頷いておいた。

「俺もまだ慣れてないんですけど、そっちの猫は俺の<スキル>です。さっきはすいませんでした」

「あ、……ああ。それは大丈夫だよ」

 そう言うと、おばちゃんは考え込んだ。

 少しして、何かに納得したように首を振ると彼女はこう言った。

「今日はとりあえず、休みな。詳しい話は明日聞こうじゃないか」

 そう言うと、おばちゃんは部屋の方に向かうように促してきた。

 反応が気にはなったが、おばちゃんの気が変わらないうちにと、気分的に光の速さで歩きながら、俺は部屋へと移動した。



 部屋では魔王様がベットでお休みになっていた。

 ……夜とは言え、まだそれほど深夜ではないと思うんだが、それでいいのか魔王様。

 一応、ヴァンパイア名乗ってませんでした?


 当たり前だが、紳士な俺は床で寝た。

 ん? ああ、猫なら魔王様の横で寝てるよ?

 ――ぬくぬくの布団でな!!

 ……おのれ、猫。

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