第3話 「ナリカネはめのまえがまっくらになった」
神様との会話の後、意識が遠くなった俺は、目を覚ましたら薄暗い場所にいた。
辺りを見回すが、暗くて見事に何も見えない。
とりあえず目が慣れるまで動くのは得策じゃないな、とかのんびり考えてじっとしてたら、次第に目が慣れてくる。
僅かではあるが、何処かから月の光が入ってきている様だ。
そんな辺りを見回すと、俺は自分の目の前に柱があることに気が付いた。
そしてどうやら、ある一定の間隔でその柱は並んでいるようである。
なんというか、パルテノンチックな光景だ。
「おー。日本ではない感じ。どことなくローマ? 風味?」
柱などをぺたぺた触りながら、そんな感想を漏らす。
……うん。石だコレ。あとでけぇ。幅も俺の三倍は優にある。
そんな柱が多くあるということは、それなりに広いんだろうか?
――などと考えていると、遠くの方で月とは別の明かりが動いているのが見えた。
恐らくそこに誰か居るんだろう。
そう思い、反射的にその明かりの方へ近づこうと思った俺だったが――
(ん? まてよ、俺って自分の事をどう説明すれば良いんだ?)
――ということに思い至る。
そんな訳で。
現状について本気出して考えてみた。
脳内で知恵袋さんに質問を投稿してみると――
Q,異世界人が現れたらどうなると思いますか?
A.最悪実験動物として、研究対象になると思います。
――無情なベストアンサーを頂いた。
これでは、俺が異世界人というのは隠すしかない。
だが、身元不詳の人間がさらっと信用を勝ち取れるか、というと……それはそれで難しいだろう。
――という訳で俺は、とりあえず遠くから様子見することにした。
良い人そうだったら話かけてみよう、とかなんとか考えながら。
ようく見てみると、明かりはゆっくりとこちらに近づいていることが分かった。
俺は近くにあった柱に隠れながら、様子を伺う。
見る感じ影は二人組のようで、特に警戒する様子もなく歩いてこちらに向かっている様子である。
そして、明かりを持った男が見えた瞬間。
――俺は柱に隠れてうずくまった。
男……というかその影の正体は牛であった。
ミノタウロスというモンスターを知っているだろうか。
簡単に言うと二足歩行する牛なのだが……俺が男だと思っていた存在の一体はそれであった。
そしてもう一つは、もう名称すらも分からないが、ヘビのような人間とでも言うべき名状しがたい様相であった。
(やばい!! やばい!! やばい!! やばい!!)
そんな二人組の姿を捉えた瞬間から、俺の心臓が凄まじい勢いで動き出す。
俺の体は一瞬で全身の毛が立ち、硬直という結果を持ってその場から動けなくなった。
奥歯が勝手に鳴り初め、その音で更に恐怖心が駆り立てられる。
静かにするべき状況なのに、俺の体はまるで死にたがっているかの様に、言うことを聞いてくれない。
奥歯の音も、心臓の音も、わずかな自分の服の擦れも、全てが恨めしく怖かった。
そんな状況でも、ーー否。
そんな状況だからだろう。
俺の耳は次第に近付いてくる、向こうの足音を明瞭に拾っていた。
広々とした空間は反響するその音は、俺が今まで聞いたどんな音よりも怖かった。
(黙れ!! 黙れ!! 黙れ!!)
俺は自分の体を抱きしめて、奥歯や心臓に呼びかける。
どうしようもない恐怖心。
(ああ、近づいてくる!)
それでも、無情にも足音は確実にこちらに近づいていた。
次第に二人組の会話までもが聞こえてくる。
「しっかし、まだ見つからないのかね……」
「本当にあったのかも怪しいもんだがなぁ」
「埋蔵金ってのは埋まってるから埋蔵金、とはよく言ったもんだぜ」
「まぁな。でも本当なら少なくとも生きてる間は働かなくてもいいくらいの金額はあるらしいぜ?」
「そりゃまた、夢があるこって」
「ま、伝説の魔王城に来れただけ良かったじゃねぇか」
「そういうことにしておくか」
……声は次第に遠ざかり、何も聞こえなくなっていく。
それでも、俺はその場から動けなかった。
やがて、足音すら聞こえなくなり、明かりがなくなったことで、また微かな月明かりだけの暗闇が訪れた。
その時になって、俺はようやく全身の力が抜けていくのを感じていた。
「……はーっ。まだ、収まらないな」
音は確実に遠ざかり、ひとまずの脅威はさったと判断してから、一息つく。
体は相変わらず震えていて、情けない限りではあったが、それすらも生きている実感だと思えば嬉しいモノだ。
「危うく、不運と踊るところだったな」
そう独りごちる。
わざとふざけたことを言うのは、自分の精神を落ち着けるための行動だ。
ゆっくりと立ち上がろうとするが……膝が笑って難しかった。
「動けっ! 動いてよっ!」
そうやって不慣れなロボットを操縦する様に、自分を鼓舞しながら立ちあがる。
……うん。
少しづつではあるが、落ち着いてきたな。
「……良いぞ。落ち着け、クールになれ、成金 望。俺が神父なら孤独な数字から勇気を貰うんだけど……」
そう言いながら思い返すのは、過去の世界において俺が好きだった作品たち。
俺が愛した物語の主人公は、どんなに理不尽な状況でも決して諦めたりはしなかった。
中でも、小さな勇者に至っては、世界中の全員が諦めても諦めないと豪語した。
……やっぱり、勇者は格が違ったな。
閑話休題
そんな事を考えていると、ゆっくりではあるが頭も冷えてくるモノである。
そうして、そんな単純な自分に苦笑を漏す。
俺は決して、物語の中の彼らほど、高潔には生きれないだろう。
自分自身が英国に居るような紳士とは程遠い生き物だということは自覚している。
それでも俺は今、そんな彼らから少しだけ勇気を貰ったのだ。
右も左も分からない状況で、モンスターのような生き物から隠れなくてはいけないような状況でも、こうやって立ち上がることが出来たのは彼らのお陰かもしれない。
――いや。
本当は、もう死にたくないだけだけども。
まぁ、そんな考えの俺を責めることは誰にも出来ないだろう。
言っとくけど、死ぬのってマジで痛いんだって。
(よしっ。とりあえず、あの二人組から離れないと……)
さっきのモンスター二人組がどこに行ったかは分からないが、彼らと会わないようにするなら、彼らが歩いてきた来た方向へ行くべきだろう。
ここにいて、状況が変わるとも思えないし、早く人に保護して貰いたい。
そう思い、俺はこそこそと移動を開始した。
「メーデー!! こちらナリカネ!! 敵施設内で大型の巨大生物と遭遇!! 本部へ、至急応援を求む!!」
「ん? 聞こえないぞ!? 繰り返せ!!」
「メーデー!! 巨大生物が現れたんだ!! 至急、応援を!!」
「くそっ!! 通信妨害かっ!!」
ブツッ!! ツゥーツゥー……
などと一人軍隊ごっこをしながら、ミノタウロス(仮)たちが歩いてきた方へ進む。
因みに、会話だけでなく効果音まで自分でやっているのだが、ちょっと楽しい。
……いやぁ、恥ずかしながら。
実際、こうでもしてないと怖くて動けないのだ。
現状、段ボールという装備すら無い潜入ミッションの真っ最中なのだから。
足が竦んで動けなくなるよりは、こうやって自分を誤魔化してでも進んだ方が良いだろう。
なんて、意味不明な言い訳を脳内で展開しながら進んでいると、少し開けた広間に出た。
――だが、そこは明らかに今までとは変わった様相を呈していた。
「これは……」
まず、その場所では、屋根が崩落し柱もいくつか倒れていた。
そのため、今までの場所より大きく月明かりが入っていて明るい。
その明るさも手伝って、この広間が持つ特異性は、より一層浮き彫りになっていた。
恐らく此処で大きな戦闘があったのだろう。
爆発があったことを伺わせる焦げ跡や、何かで切ったと思われる綺麗な断面を晒している柱。
俺にはどうすればこんな状況になるのかが理解できなかった。
――この場所が俺の知っている前の世界ならば、だが。
「魔王城って言ってたよな? ……これは、少しだけど、分かってきたかもしれないな」
もしかしたら、ここはファンタジーのような世界なのかもしれない。判断材料は、先ほど見たミノタウロスやヘビのような人間。そしてこの戦場跡だ。
「剣と魔法もあり……かな?」
この場所の痕跡から、ふとそう思った。
「……でも、まいったな」
ここは、今までの場所より明るくて、正直落ち着かない。
何より、この近くにいるのが先ほどの二人だけとは限らないのだ。
現状、目立たないに越したことは無い。
――というわけで。
俺はその場所の端を沿うように動き、もっと奥へと移動を再開した。
「……凄いな」
またしばらく歩いた後で、俺の口からそんな言葉が漏れていた。
過去の戦闘はどれだけ激しかったのか。
さきほど歩いてきた距離よりも、尚広い空間でその破壊の痕跡は見つけられた。
だが、俺から漏れた言葉はその惨状に対してのものではない。
それは圧倒的な破壊の痕跡より更に広い、この建物に対しての賛辞だった。
「まぁ、魔王城って言ってたしなぁ」
だが、どれほど広大な建築物であっても、一つの方向に進む限り、その面積は無限ではない。
そこから数分歩いた後で。
――気づけば。
俺の目の前には壁が見えていた。
「あー。ここが端なのか」
そう呟き、ざっと壁を見て見るが、その壁は視界いっぱいに続いていて、どれ程の物なのかは暗くて良く分からない。
ただ、歩いてきた距離を考えるに、すぐ出口が見つかるというものではない……とも思えた。
「……出るのが正解かも分からないしな。」
仮説としては、恐らくあの二人が歩き去って行った先が出口なのだろう、と予想はつく。
――だが。
この魔王城とやらを出るということは、あの二人に会う可能性が高くなるということでもある。
そこまで考えたところで、歩き疲れた俺は一旦座ることにした。
そのまま壁に手を着いて、座ろうとすると。
――壁から感触が返ってこなかった。
「ん? ……うわぁぁああっ!!」
気づけば、俺は手を着いた壁を通り抜け、ダストシュートのようなものを滑っていた。
「うおぉい!! ……へ?」
一瞬の浮遊感。
そして――
バンッ!! ゴンっ!! ガラガラガラッ!!
「いてっ!! いてぇぇぇ」
――俺は、投げ出された先で、ざらざらした物の上を転がった。
「つぅ~!! いってぇぇ」
転がった先で、自分の体を摩る。
幸い、どこも怪我はしてないみたいだが……今居る場所は暗くて良く分からなかった。
「なんだ? 隠し部屋か?」
ゆっくりと辺りを伺うが、光が一切無いため、何も見えない。
どうやら、ここには月明かりは無いようだ。
唯一分かるのは自分がなにやら、無数の硬くて、小さい、メダルのようなものの上に居ることだけだった。
「……おいおい。マジかよ」
ナリカネはめのまえがまっくらになった。
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