第2話

 

 

 勿論、秒で襲い掛かった。

 

 魔性に堕ちれど、その身は神。相応の矜持がある。

 つーか曲がりなりにも女として生まれた以上、初対面で「可愛くない」などとは侮辱にも程がある。この男、マジで許さん。

 こやつは女の敵。全国の女性を代表してこの不届き者を成敗してくれる!!

 塵も残さず消し飛ぶがいい!!

 言い訳の余地無し、問答無用ッ!!

 

 とまあ。

 並々ならぬ決意と意思で青年に爪を伸ばした元・神は、

 

「――まあまあ落ち着きなって。ああ、うん、あれだ。近くでよく見ると可愛いかも」

「う、ぐうぅうう……」

 

 秒で一刀の下に叩き伏せられた。

 居合切りにも似た、真一文字の剣線によって、彼女は切り裂かれた。

 本来、墜ちれども神の身にそんな攻撃は効かないどころか、そもそも当たらない筈である。


 だが今、黒巫女の少女は力をごっそり削がれ、地面に伏していた。腕に力を込めて野原から身を起こそうとするが、全く力が入らない。

 人間で言うところの、疲労困憊といった所か。


 青年はそんな彼女の顔の前にしゃがみ、人懐っこい笑顔で刀をかざして見せる。月明かりが刃に反射し、きらりと光る。


「いやあ、ごめんごめん。これ、大陸の鍛冶屋さんに作って貰った退魔用の妖刀でさ。あ、ほらほら、こうやって、刀身を月にかざすとぼんやり光るでしょ? ……ところで、全然関係ないんだけど、この刀超格好良くない? 手に入れるの凄い苦労したんだよね」

「…………」


 良く喋る男だった。

 黒巫女の神が動けない事を良いことに、その後も男は彼女の傍らで延々と役に立たない自分の昔話やら経験談、うんちくをぺらぺらと喋り続けた。


 ぼんやりとする意識の中で、少女は無駄に多くの使えない知識を得てしまった、と考えた

 

              ◆

 

「――でさ、その都の食事処の主人が酷いのなんのって」

「……おい、人間」

「いくら温厚な僕でも流石にちょっと怒って――ん? 何?」

「襲い掛かられた瞬間斬る男のどこが温厚だ……いや、そんな事は良い」


 彼が喋り始めてはや一刻。

 穏やかに吹いていた風は凪ぎ、月もだいぶ傾いてきた。


 よくもまあそこまで話の種が尽きぬものだ、と一種の関心を抱いていた神だったが、流石に耐え切れなくなった。彼女は青年の顔をぎっ、と睨みつけて無駄話を聞かされている間ずっと抱いていた疑問を問う。

 

「……人間、一体貴様は何を考えている? 何を目論んでいる?」

「んん、何が?」

「な、何がでは無い! 貴様、その腰のモノを退魔の刀だと言ったな!? ならば、その道の者であろう!! 何ゆえに我にとどめを刺さぬ!? 神に屈辱を与えるか!!」


 彼女が吠えると、白装束の青年は眉をひそめて首を傾げた。


「いや、僕は別に陰陽師でも退魔士じゃないよ。その辺の者達は都の膝元で国を占ったりしてえらく良い暮らしをしていると聞いたけどね。……ん、いや待てよ? 僕も退魔士として名乗れば、金に困らなくなるのかな……?」

「ええい、勝手に思考を一人で進めるでない、この男失格の不敬者が!!」


 なにやら一人で打算的な思考を始めてしまった愚か者に対し、元・神の少女は地面に倒れたまま怒鳴った。


「……男失格は否定しないけど、不敬つったって君、神様じゃないじゃないか。ああ、ただそれに匹敵する力は持っているようだけど」

「――当たり前だ、我は」

「本当はね」


 青年は再び吠えようとした彼女の言葉を遮り、きんきん、とあぐらの膝の上にのっけた刀の腹を指頭で叩く。


「さっきの一撃で、君は消えていた筈なんだよ。この妖刀、こう見えても相当強力なモノだ。並みのあやかしや怪異なら刃を振るわずとも、刀身に触れるだけで終わりなんだよ。でも、君は僕が一太刀浴びせてもちょっと力を削がれるだけでこうして存在している」


 だから、まあ、と彼は苦笑気味に頭を掻く。


「――ちょっと面白くなっちゃったんだよ。僕の刀を受けても死なない魔性。いやいや、これほどの力を持った存在とお話しないなんて嘘だろう」

「……馬鹿か、貴様」

「ははは、故郷くにでもよく言われたもんだよ」


 青年はざし、と貴重であろう刀を無造作に地面に突き刺し、改めて座りなおして彼女に目を向けた。

 

 

「――僕は‪十時‬ときがみ健一郎けんいちろう。まあ、その辺に転がってるような男さ」

 

 

 にい、と笑って青年――健一郎は続ける。

 

「君は何ていうんだい? 黒巫女の魔性さん」

 

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