3章 始まりですらない始まり
三章 「果つることなき想いは再びに 」
三章「果つることなき想いは再びに」
一話 今、再びの始まりへ
九州地方のある老舗旅館
そこそこに晴れ渡った空を見上げ、気だるそうな声で文句を言う青年がいる。
「滑る〜滑る〜綺麗なのに、昨日の晩もピカピカにしたのに、なんでまたゴシゴシ洗うのさ〜 」
なんで毎回やってることなのに口に出してしまったのか、言った後に疑問に思う。その疑問にさっそくツッコミを入れてくれる子がいる。
「はあ!?いつもやってるでしょ!なんで今日に限ってその1人文句!?」
明るい茶色の髪に元気という単語がそのまま組み込まれたような少女がいる。いや、いたんだ。
「珍しく何をぼやくのかと思ったら、仕事に対する愚痴とは…… 情けない!情けないよ私は!」
いやホントその通りなんだけどね、そこまでキーキーボイスで言わんでも、とは言えないので素直に謝罪と釈明。
「すいませんお嬢さん!つい更年期を今か今かと考えているうちに思ってもいない戯言を言いました!ホントにすいません!」
見事なくらいにアホな返しである。だが少女は思いの外、優しい表情だ。あれ、これはお許しか?
「おばぁ……じゃなくて女将に報告しないと部下に謀反のおそれあり!とね。」
お許しどころか、打ち首かよ。
いやいや、女将さんに報告は洒落にならん、全力でごまかそう!
「お嬢さん、よく思い出してください。昨日の晩もピカピカにしたのにって俺は言いました、つまり仕事には妥協も不満もないってことです!」
アホな返しの後には良い返しだなと、自負できるような言い訳だ。うん。
「なら、最初の言い訳はなに?すいませんでしたってことは肯定したよね?どや!」
ぐっ、たしかに不意に言ってしまった。ていうかそれ出されたら勝ち目が……だが、ドヤ顔はやめい。
「みーちゃん、そのくらいにしないと遅刻して先生から女将さんにみーちゃん関連の報告がされるよ」
騒々しいアホなやりとりには似つかわしくない、おとなしく、今にも消えそうな声で仲裁してくれた恩人は。
「初絵(はつえ)〜そんな助け船を出したら、いや出されたら引くしかないんじゃなイカ〜! 」
どこの何を侵略したいんだよ。
「松柴(まつしば)さんナイスなサポートっす!これゲームならザンキ1個回復したまであるから。」
「い、いえ…… ほ、ほんとに、ち…… 遅刻…… しそうで」
ごめんね松柴さん、ゲームやらないだろうにこんなノリに付き合わせちゃって。
だが心配してしまうこの子は学校では、ひいては他でお嬢さん以外とコミュニケーションを取れているのか?
そう考えてしまうが、それは失礼だし余計なお世話だろうから胸にしまっておこう。
「先生からの報告は何事にも勝るから、今回は見逃してやる!良きに計らえ!」
なんか所々、時代劇調なのは何故だろう
「ありがたき幸せにございます。それではお気をつけてご登校を、郷橋美羽(さとはしみう)様」
ノリに乗ってこっちも同じ口調で返してみた。
気分良く送り出したいのもあるが、愚痴の件を少しでも和らげることが7割を占めております。
「ちゃんと掃除と布団干しはいつも通りやっておくこと!OK?」
いつも通りってことは、それなりに信頼してくれてるんだよな?たぶん。
「もちのろん!お任せくださいお嬢さん。」
「じゃ、行ってきます!」
「し、失礼…… します 」
なんだか、身近に台風が発生した気分だ。
2人ともこの旅館で働いているし住んでる旅館の寮も近いから、やっぱり登校をするのも一緒か。松柴さんは小学校からのお友達だっけか。幼馴染とは羨ましい。
「あ、凛誉(りんほ)!今日は板前さんが昨日の鯛をさばいてくれるみたいだから、余計に頑張れよ!」
「宮田(みやた)… さん、今日の夕方からの…… 配膳はいつもより…… 少ないみたいなので…… 女子チームだけで大丈夫って言ってました。」
2人とも仕事好きすぎでしょ。つーか、女子チームと呼ばれてるメンバーに五十路過ぎもいるのだが?
しかし、あえてツッコミは無しで、言うとチクられ殺られる。マジで怖い……
「了解です!お互いにほどほどに頑張りましょうか。」
「ほどほどにってどういうこと!?あーもう、時間ない!行こう!」
松柴さんの細腕をそんなに乱暴にしちゃダメ!
あー、あの松柴さんのおかっぱをなでてあげたい!
たとえ茶色のハリケーンがこようとも!
「やっと、通常営業しますか。」
ホントに台風みたいなやりとりだった。
「さーってと、今日も1日頑張ろう!」
モップと雑巾を手に取り、お仕事開始♪
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