2話 今いるここで


三章 二話「今の( )がいる日常」


こんなに良い天気だが、今しがた台風と衝突したせいでやたら疲れた俺がいる。


「働く前から…… いや、すでに少し働いていたのもあってほんと疲れた 」


自分で台風とじゃれあったのも理解しているから、誰に責任を感じてほしいわけじゃない。なぜだろう、お嬢さんとのやりとりは疲れるが嫌なストレスが溜まるやりとりではない気もする。


俺ってツンデレなのか? いやいや、あえて言おうノリやすいだけである。そんな1人門答していると、奥から顔をのぞかせる方がいる。


「美羽は行ったかい?」


とても穏やかな声だが、その声を聞き脳が誰かを理解した瞬間、俺はテンパってしまう。


「お、女将さん! いつからいらして……」


「あんたが初絵を撫でたい〜ってほざいてる辺りからいたわよ。」


俺の全身から毛が大気圏外まで発射するくらいに鳥肌が立った。


「え!? 声に出してました!? 」


慌てて弁解を試みる。そうしないと変態ロリコン認定試験に合格してしまうからだ。


「ち、違いま、…… ちゃうよ!」


なぜ、正解の回答から不正解の関西弁になった?

俺は知能犯になれそうにないな。


「誤解です!」


よし、今度は正解の返しだ。

そんな取り乱してる俺をよそに女将さんは全て悟ったような、態度で答える。


「いんや、あんたはそんなこと一言も言ってないよ」


「…… うへ? 」


うへ?…… おいおい深層心理までうへ? かよ。


「あんたがしたのは初絵の頭を、触りたそうに気持ち悪い顔してただけ 」


マジ…… かよ俺はまんまと、女将は見た! にはめられと言うわけか、なら全力で抵抗しよう! いや、交渉しよう。


「女将さん…… 女帝よ、どうか内密にしていただくことは叶うでしょうか? 後生です 」


俺は抵抗なんてしない、もう女将は見た! に洗いざらいゲロった後だから意味がない、そして自分自身キモいと思ったからだ。さぁ、どう来るんだ?


そんな心配を意にも介さず女将さんは言う。


「別に言いやしないよ! あんたがそれを行動に移したら、辞表と警察への密告ラブレターとして渡すだけだから安心して仕事しな。」


なんと言う寛大な処置であろう。てっきり酒の肴に暴露大会でもやるのではと思ってしまった。


さらに加えるのであればお嬢さんにも告げられ、超局所的、超集中的な台風を通過させるのでは? とも思っていたが。


「ありがとうございます。でもまさかそんなに表情に出てたとは…… 」


ほんとにびっくりだ。そんなに表情が豊かな人間じゃない方なんですけどね。


「あんたは、表情が豊かな方だからね〜 」


心、覗かれた!? そんなとこまで女将は見た! をしないでほしい、ほんとお願いします。


「はぁ、 そうですかねぇ 」


思っていることがあっけなく否定された気がして気の抜けた返事をしてしまった。


「変なことはするんじゃあないよ? ま、あんたに限ってそれはないねぇ。 でも万が一ってこと、面倒はごめんだよ。初絵は気が弱いし、根っからの真面目なんだからさ 」


女将さんはよく見てるし、ほんとこの旅館のことを考えているんだよなぁ、と思う。


それにしても信用しすぎです、おかっぱ見て緩みきった顔をする男のことを! だが一応は、信頼してくれているんだからそれには答えておこう。


「大丈夫ですよ〜、 俺がそんな表情してたのは犬とか猫の頭ってついつい撫でたくなるじゃないですか? それと同じです! 安心してください、今日から可愛い犬猫の写真を飽きるまで見るのでそのご心配は無くなりますよ! 」


実際、この答えは嘘ではない。ほんとに頭を撫でて見たかっただけです。 ほら坊主頭や、散髪してすぐの頭って触りたくなるでしょ? それと同じ! あともちろん犬猫の頭も然り。


「そうかいそうかい、わかったからこの話はここまでにしてあんたは今日の配膳プランを板前陣に、布団の片しを各部屋のお客様に聞いて取り組んでちょうだい。」


さすが女将さん一気に仕事モードオンか、なら俺も前ならえといこう。


「了解です! 布団の洗いとカバーの替えはどうしますか? 」


女将さんがいるなら、仕事の段取りも聞いておいた方がいいと思って聞いてみたが普段通りにすれば良いのでは? とすぐに気づいた。でも……


「それは女子チームに聞いて、従ってあげてちょうだい。」


あらま、お叱りがくると思ったが普通に指示を出してくれた。 質問したのはこっちだが少し意外だ、って失礼だな。


だが女将さん! あなたまで女子チームと言う派だったか、せめてファイブクロスとでも言ってほしかった。 松柴さんとお嬢さんが抜けるとほぼ五十路女子だぞ……


「男チーム、仲居は俺だけっすもんね 」


「へっぴり腰だけど重宝するよ、ガキンチョ 」


そう言うと、女将さんは階段を登り仕事に戻っていった。へっぴり腰なガキンチョか〜…… いつかランクアップしてくれるかな? そう思うと少しだけやる気が出るような出ないような。


「さーってと、今度こそ運転再開しますか! 」



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