不良少女と桜の木

 某県にあるM学園。

 そこへ通う少女は、名前を城崎きのさき 咲良さくらという。


「いってぇぇ……背後から蹴り入れやがって、卑怯者が」


 彼女はずっしりとした痛みを背中に抱えながら桜の木の下にやってきた。


 校庭の隅に立ち尽くしたこの桜の木。零れんばかりに咲き誇った桃色の花は、彼女の頭の上にひらり、ひらりと優雅に舞い落ちる。

 咲良は真上を見上げながら、背中を幹に預けた。


『また喧嘩したのか』


 頭の上から聞こえてきた男の声に、咲良は嫌そうな顔をして、


「うるせえ」


と吐き捨てる。


『手酷くやられたようだなァ』


 その声はなぜか嬉しそうに言う。


「うるせえって言ってるだろ」


『お前もだいぶうるさいと思うがね』


「俺は別にいいんだ」


『暴君みたいな言い方やめろよ。そんなだから、先輩たちに目付けられちゃうんだろ』


「たかが一年早く生まれただけで、他人を下に見るのはどうかと思うんだ、俺は」


『その言い分もわかるけど』


「だろ」


『でもさ』


「なんだよ」


『お前がいつもいつも怪我しておれに会いに来るのも、だいぶ参ってんだぜ』


「……なんで」


『なんでって……そりゃあ……』


 彼は言い辛そうに言葉尻を濁した。


「なんだよ、言えよ」


『……やめとく』


「なんで」


『言ってもだからさ』


「俺を駄々っ子扱いするんじゃねィ」


 咲良は不貞腐れたように言う。


 そう、なんだ。

 おれはここから動けない。彼女のピンチに駆けつけてやることも出来なければ、その痛めた背中を撫でることも、彼女を守るためにこの背中に庇うこともできない。


 彼は寂しげに俯いた。


 人間の少女に情を抱いた桜の木は、自分が人間になれたらいいのに、と毎夜、月に向かってお願いをするのだ。


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