封印解放

第93話

 雲甲斐は、道長達を押さえ香絵を拉致するため、十分すぎる軍を引き連れていた。あっという間に囲まれる。

「たかが十数人を相手に大掛かりだなあ。」

 ぺろりと指先を舐めて、剣に手を伸ばす星夕。

 尊は誰よりも早く剣を抜くと、

「ふん。上等だね。嬉しくなっちゃうよ。」

「一人あたり五十?んー、もっといっちゃうかな。」

 まいっちゃうなぁ。と頭を掻くのは雪桐ゆきりである。


 香絵は周りを見た。自分を中心に、道長、正斗、雪桐、星夕、尊。その外側に残りの者達が、馬を動かし二重の円陣を組む。

「香絵、離れるな。何としてもそなただけは、必ず護る。」

 道長が言う。香絵に、というよりは、自分に対して宣言しているように。

 それは道長だけではない、皆の気持ち。

『香絵のため、命を懸けて戦う。』

 大切な人達の背がそう語る。

 じりじりと敵の包囲網が小さくなる。

「あまり近付かれても動けなくなるな。」

「そろそろ行きますか。」

 道長の言葉に答える紫紺。

「狙いはあの辺りかな。間抜けそうな顔が揃ってる。」

 正斗の見る箇所ところを仲間全員が確認する。

 一点集中。そこから斬り崩し、包囲網の外へ出る!後はひたすら逃げればいい。敵の粗方が歩兵だ。速さを競うならば、馬上で軽装なこちらのほうが断然有利だ。


『だめ・・・。』

 それぞれは腕に自信のある者ばかり。だが、この人数を相手に全員が無傷で抜けられるはずがない。

『だめ。』

 きっと誰かが傷つき、そして・・・。

「香絵行くぞ。離れるな!」

 道長の言葉を合図に、皆が動こうとした、その時、

「いや!そんなこと、させない!」

 突然の香絵の叫びに、円陣の緊張が壊れた。

 仲間達が香絵を振り返り、その隙を衝いて、包囲していた軍が一気に押し寄せる。

『誰も死なせない。わたしが護る!』

 刹那、香絵の中で忘れ去られていた記憶が甦った。

 香絵の周りから風が立ち起こる。それは仲間達を越え、速度を増しながら、凄まじい勢いで広がってゆく。攻め寄る軍の最前列に届く頃には烈風と化し、兵士達をなぎ倒し、宙へと巻き上げた。


 疾風が通り過ぎた後には、起き上がれない兵士の山。衝撃に因り動けないほどの怪我を負った者も多いが、動ける者も多くが恐怖に囚われ、使い物にはならない。一瞬にして、黄暢の軍隊は戦う力を奪われてしまった。


 少し離れた岩の上へ立ち、高みの見物を決め込んでいる雲甲斐が舌打ちする。

「ちっ。これが月の天使の能力ちからか。」

 そして、にやりと笑った。

「だが私はお前の弱点を知っておる。それは・・・。」

 雲甲斐が隣に立つ真欄に顎をしゃくると、真欄は持っていた長銃の銃口を道長へ向ける。続いて四方から、遠巻きに待機していた雲甲斐の配下が山を駆け下り、銃を構えた。

 香絵がはっと息を呑む。

 道長はじめ都紀の男達も――極めて珍しいことに得丸も――想定外だと顔を歪める。

「銃はもう無いと思っていたかな?派手に王宮を吹き飛ばしてくれたからねえ。だが、増量のために鍛冶屋にも数丁預けていたのだよ。折よく何丁か出来上がっていてねえ。いやいや、残念だったねえ。」

 真欄の構えた銃の先が陽を眩しく反射する。

「さあ、どうする?それ以上能力を使うと、あの男の命はないぞ?くっくっくっ。っはっはははは―――。」

 雲甲斐が声高く笑いながら香絵の方へ近付くと、真欄と四方の兵も銃口を道長から外さぬよう、ゆっくりと近付いてきた。

「月の天使の巫子殿。こちらへ。」

 雲甲斐が手を広げ、香絵を招く。香絵には逆らうことが出来ない。

 下馬しようとする香絵の手を、道長が掴んだ。

「行くな!」

「大丈夫。心配しないで。」香絵は静かに道長の手を外す。「今度はわたしが道長様を護るの。」

 そう言って吹雪から降り、雲甲斐の待つ方へとゆっくり進んだ。


 ゆっくりゆっくり歩を進めながら香絵は訊ねる。

「黄暢の国のあなたが、何故そんなに月の天使の能力にこだわるのです。」

「何故・・・か。始まりは伝説の書物だ。子どもの頃、黄暢の王家に伝わるという不思議な書物を読んだのだ。ぞくぞくしたよ。この能力を使えば何でも出来る。世界の王にも、神にもなれる。」

「伝説の書が、黄暢にも?」

「そう。都紀のものとは違う、黄暢の伝説。」

 パーン!

 緊張で静まり返る荒野に銃声が響いた。香絵は驚いて後ろを振り返る。

 尊が足を押さえ倒れていた。

「兄様!」

「おっと、動くなよ。微かにでも動く素振りが見えたら、遠慮なく撃つように言ってある。私としても、これ以上怪我人を増やし、巫子殿の機嫌を損ねたくはない。」

 機嫌なんて損ね過ぎて、もう最低だ。と睨みつける香絵を無視して、雲甲斐が招く。

「さ、巫子殿こちらへ。」

 香絵が側まで歩いて来ると、雲甲斐も馬を降りる。香絵に手を伸ばし、抱き寄せた。

「それ以上わたくしに触れると・・・。」

 雲甲斐は遮るように口付ける。

「香絵!」「香絵様!」

 道長と紫紺が同時に叫ぶ。

 パーン!

 銃声が山にこだまして、紫紺がその場に崩れた。

「紫紺!」

「おやおや。今忠告したばかりだというのに。」

 雲甲斐は困ったものだと首を振る。

「わたしはここにいるのですから、もうよろしいでしょう。銃を引いて!」

「巫子殿がおとなしく私の言うことを聞くのなら、いつでも銃は引こう。我が宮ではすっかり騙されたが、兵の報告により、薬を使ったことはすでに分かっておる。」

 にたりと笑う。

「巫子殿を私のものにするのに、何の不都合もないわけよ。」

 香絵の腰に回した腕に力を入れ、再び口付ける。

『止めて、道長様が見てる!』

 ちくりと感じ雲甲斐が唇を離すと、そこから血が流れた。噛んだ香絵の唇にも血が附いている。

「無駄な抵抗だ。これから巫子殿が仕えるのは神でも天使でもなく、この私。身も心も私に捧げてもらおう。」

 雲甲斐は血の流れる唇を、今度は香絵の首へと持っていった。

「いやあ!」

「「「「「うわあ!」」」」」

 香絵の声に一瞬遅れて、銃を構えていた兵達が悲鳴を上げた。

 側に立つ真欄も、体中あちこちの皮膚が裂け、血を吹きながら倒れる。

 雲甲斐の体からも、幾筋か血が流れた。

「そんなに・・・」

 雲甲斐の声は、怒りに震えている。

「そんなに恋しいか!あの男が!!」

 頭に血が昇った雲甲斐は、倒れた真欄の手から銃を取り、道長へ向け、撃つ!

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