第92話

 巫子の館から目的の地まで、馬で四半日。昼頃には着きたいと、一行は朝早く巫子の館を出た。

 やっと香絵とゆっくり会える時間を与えられた、匠を除く香絵の四人の兄達。他の何人にも邪魔させまいとぴったりガードを固め、香絵を占領している。

 目的地からそのまま香絵を遠賀へ連れ去るかたちになるかも知れないことを、多少心苦しく思っている道長から、「往路は出来るだけ兄さん達の相手をしてあげなさい。」と言われている香絵だが、気になるのは昨夜の夢。

「―――だよねぇ。香絵。」

「え?あ、はい。」

 雪桐に話しかけられて、はっと我に返る。尊が心配して、香絵の顔をのぞき込んだ。

「どうしたの?朝早かったから眠い?もう疲れちゃった?」

 しかし、雪桐は気がついていた。香絵は時々、道長の様子を伺い見ている。何故かは知らない。理由なんてどうでもいい。とにかく、香絵の気持ちが道長に向いている。それが、雪桐にはしゃくさわる。

「それにしても、一国の王が何日も国を離れて、それでよく勤まりますねぇ。あ、もともとどうでもいい存在なんだ。帰ったら『あんた誰?』とか言われたりして。」

「雪桐兄様ったら。だめだよ、そんな・・・。」

「そうさ。もし本当だったら、気の毒じゃない。」

 とか言いながら、兄達が横目で道長を見てくすくす笑っている。

 いきなりやってきた皮肉攻撃。せっかく好意で香絵を貸してやったのに、何なのだ。道長はむっとしたが、それくらいの攻撃をかわすくらいは簡単。

「国にいる者達を信頼していますから問題ありません。よい臣下に恵まれるのも人徳でしょう。」ははは、と笑ってから、反撃。「そちらこそ。暇な身分で羨ましい。」

 兄達のくすくす笑いがぴたっと止まる。

 出発してからこれまでも『仲良くいい感じ』とは言えなかったが、今のやりとりで一行の雰囲気ムードは『最悪にして険悪』な状態となった。

 目的地到着まで、香絵はひとり気を揉むこととなり、気鬱はいったん心の隅へと追いやられた。




 陽が天中に懸かる頃、一行は目指す地へ到着した。

「着いたか。しかし、これは・・・。」

 越えてきた山の斜面から見渡す景色は、道長が想像していたものとはかけ離れていた。夢に見た美しい景色を楽しみにしていた香絵も、がっかりしている様子。山々に囲まれた緑の草原のはずの土地は、草も枯れ果てた茶色の荒地と化していた。

「ここは遥か昔、緑豊かな草原だったそうです。」

 紫紺がお婆々から聞いた説明を伝える。

「この国が都紀と名付けられた頃に土地は枯れ果て、何を植えても育たない痩せた地となったそうです。」

 都紀と名付けられたのは、この国を去った月の天使に帰ってきて欲しいと人々が願ったから。この地が荒野と化したのも、天使と関係があるのだろうか。

 道長は考えながら斜面をくだり、石のごろごろした茶色い地へ降りた。所々で現れては地中へ消えていく小さな小川以外、動く物のない土地。

 香絵と、他の面々も降りてきて、生気を感じない荒地を踏んで見下ろす。

 離れてついてきた陰衛隊は姿を隠す場所もなく、やはり荒野を彷徨い歩き、同行した全員が荒地の中で集まり、目標を見失った。

「ここで一体何をしろと言うのか・・・。」

 問題の地へ行けば、きっと何か起こる。そう期待していた道長は落胆を隠せない。足下の茶色い石をこつんと蹴飛ばした。


 その時、香絵が視線を感じ目を向けた、その先に。

「雲甲斐!」

 皆が香絵を見て、その視線の先へ振り返る。

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