第88話

 道長達は香絵を救出するための作戦を組み立てた。

 事件を知った徹元が、香絵奪還部隊に都紀の手足てだれを貸そうと言ってくれたが、断った。

 香絵を奪られかなり頭にきている道長は、派手に報復してやろうと考えている。万一しくじって敵の手に落ちた時、都紀の人間がいると、黄暢から都紀に戦争を仕掛ける絶好の口実を与えることになる。


 得丸は道長の許へ戻っていた。彼の持ち帰った情報は作戦を練るのに大いに役立った。

 香絵の牢には長期間生活出来る設備が調っている。雲甲斐の望みは領土の拡大。香絵の能力を利用して、他国への侵略を始めようというのだ。雲甲斐はあわよくば香絵を凌辱しようと狙っているが、奴を含む王宮の男達は伝説の死を恐れ香絵に手出しできない。

 ということは、当面香絵の身は安全と思われる。


「問題は鉄砲です。黄暢は最近鉄砲を複数丁手に入れています。これを戦に使うつもりではないかと思われるのです。」

「戦に?」

「はい。これまでどの国でも、鉄砲は猟のための道具として使われてきました。しかし黄暢は注文の時、威力の増強とか、雨天でも使えるようにとか、連発銃は作れるかとか、どうも戦に使う気ではないかと・・・。」

「そうか。黄暢の雲甲斐とはとんでもないことを考える奴だな。ではまず、武器庫の鉄砲を壊してしまおう。」

 囲んでいる机の上には、黄暢王宮の見取り図。得丸作なのは言わずもがなだ。その武器庫の部分に、道長は朱色で印を付けた。




 香絵が都紀からいなくなって十一日目の早朝。

 旅仕度の道長、政次、兼良、得丸が巫子の館から出てくる。

 見送りに出たお婆々が彼等を激励する。

「しっかりやってこいよ。その間にわたしは“天使の地”を探しておこう。すでに見当はついておるでな。お主が香絵を連れて戻る頃にはわかっておるじゃろう。」

「その事だが、月の天使の記憶を引き継いでいるお婆々なら、調べずとも覚えがあるのではないのか?」

「確かに月の天使様の記憶はある。が、巫子達の記憶とは違って断片的でな。あの地については何も思い出せん。とにかく、今は香絵を無事たすけ出すことじゃ。頼んだぞ。」

「任せておけ。では行ってくる。」



 館から少し離れた所で、団と陰衛隊の仲間達が待っていた。

「一緒に行くぞ。」

「団!千茅についていなくていいのか?」


 道長は知っている。団がどれ程千茅を心配していたのか。あの時を後悔して自分を責めていたことも。



 団は武骨な手で千茅の髪を梳きながら、寝床の中で何の反応も示さない千茅に話しかける。

「すまない、千茅。俺は間に合わなかった。」

 もう少し、ほんの少しでも早く戻っていれば・・・。いや、そもそも、有無を言わせずに千茅を伝令に走らせていれば、こんな事にはならなかったのに・・・・・・。

 肩を落とす首領かしらに、仲間の一人が慰めの声をかける。

首領かしら、首領は間に合ったんすよ。俺等が駆けつけたから、敵はすぐに引いたんっす。ねえさんの傷は一刻を争うもんだった。あのまま長引けば、救からなかったっす。首領は間に合ったんすよ。」

「ああ。」

 そうかも知れない。でも、それでも・・・。後悔は拭えない。



 現在、千茅は絶対安静。


 真欄に斬られて生死を彷徨った傷は、お婆々が完治させた。

 道長がうだうだしていたせいでお婆々が千茅の治療に出向くのが遅くなったことを、千茅はちょっと根に持ってはいるが、とにかく香絵は無事であったと知って、みるみる元気を取り戻した。


 では何故絶対安静かというと、なんとお腹に子どもが宿っているとわかったからだ。傷は全快したが、胎児は不安定な状態で、当分は無理できない。

 こんな渦中に申し訳ないと言いながら道長へ千茅懐妊の報告に来た団は、「あの状態でも流れずに居座ったんだ。どんな子が産まれるのか空恐そらおそろしいぜ。」とか言いながら、「お前の方がどんな親になるのか空恐ろしいわ!」とお婆々に突っ込まれるくらいデレデレだった。


 千茅の体を気遣った団は、香絵が連れ去られた件を直隠ひたかくしにしていたのだが、

「香絵様がまったく会いに来ないことをしきりに聞くからごまかしきれなくなってな。黄暢に連れ去られたと話してしまった。そしたら、こんな所で何をしていると怒るんだ。さっさと救けに行けとな。ホントはすぐにでも自分が行きたいんだろうが、流石にそれは我慢している。だから、香絵様と共に戻らんと離縁されてしまう。」

「そうか、ははは。千茅らしいな。」

 道長と団は、顔の高さで「ぱん」と互いの手を合わせ、がっちり組んだ。

「よろしく頼む。団がいると心強い。」

「おうよ。」

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