敗北

第82話

「あれ?随分早かったね。団、行こっ。」

 王城の大きな門を出てきた香絵達を見て、向かいの茶店で団とお茶をしていた千茅が席を立とうとして、「待った。」

 城を出た香絵達の後をつけてゆく男達に気付いた。数人の男達の中に見覚えのある顔を認める。

「!!黄暢の隠密。団、仲間達を連れてきて。わたしはこのまま後を追う。」

「分かった。気を付けろよ。」

 それだけ言うと、団は香絵達と反対側の道へ出る。

 本当は自分が残って、千茅をこの危険なにおいのする状況から遠ざけたい。たが千茅は香絵の側にいることを譲らないと分かっている。今すべきなのは、無駄な言い合いなどせず、一刻も早く助っ人を連れてくることだ。



「七、いえ、八人ですね。」

 前を向いたまま、気だけを後ろへ集中させて、紫紺が言った。

 つけてくる男達は気配を消す気もないようで、もちろん、道長も香絵も気付いている。

「ああ。黙って館まで見送ってくれるとは思えんな。さて、どうするか。」

 巫子の館よりは王城へ戻った方が近い。しかし行き先を変えても黙って見送る気がないのは、分かりやすく振り撒いている気配が語っている。

 手段をえらばない奴等だ。城下の人々を巻き込むこともいとうまい。

「この先で、街を外れると人通りが無くなります。たぶんその辺で仕掛けてきますね。」

「その前に走りだせば、逃げ切れると思うか?」

「香絵様の足では、無理でしょうね。」

 決して香絵が劣っているわけではないが、香絵は女で相手は男。この先の道は人家のない草原。隠れる場所もない。

 速さを競って、勝てるとは思えない。

「仕方ない。相手をするか。紫紺、香絵を連れて館まで走ってくれ。」

「一人で相手をしようというのですか?無茶です。」

 驚いて道長を見る紫紺に、道長は横目で『にっ』と笑ってみせる。

「愛する姫のために命を懸ける。かっこ良いだろ?」

 紫紺はそう言った道長の言葉を、自分の妻に横恋慕する紫紺への当てつけかと思った。だがすぐに違うと分かる。香絵の肩に回した道長の手にぐっと力がこもったのを、紫紺は見た。

『香絵様を護りたいと、純粋にそれだけを願っているのだ。この人は。』

 それならば、そうしよう。何よりも香絵を護ること。それを最優先する。


 紫紺がそう考えた時、香絵が自分の肩にある道長の手を「ぱんっ」と音がする勢いで払った。

「またそんなことを!わたしは道長様を残して逃げたりしません。闘う時は一緒に闘って、逃げる時は一緒に逃げます。」

「香絵。気持ちは有り難いが、そなたがいては足手まといだ。香絵が館まで帰る時間ときを稼いだら、私もすぐに引くから、先に逃げなさい。」

「嫌です!」

 うーーーっと唸り声が聞こえそうな気配で、香絵は道長の目を真っ直ぐ見る。

 道長もむむっと見返す。

 どちらも譲らない。


 そこで、努めて軽く紫紺が提案した。

「では、私が残りましょう。お二人で先に行ってください。」

「駄目だ!」「駄目です!」

 道長と香絵が同時に即答。

 面食らった紫紺は「くっ」と笑いを洩らし、頭を振った。

「道長様、仕様がありません。香絵様に従いましょう。」

 こうなったら、香絵は梃子でも動かない。紫紺はよーく知っている。

 もちろん道長も。

「・・・分かった。香絵、私から離れるなよ。隙を衝いて逃げるぞ。」



 香絵が気付かないようなら、何とか先回りして敵の前へ出て知らせなければ。千茅はそう考えていたが、敵は気配を隠そうともしない。香絵達が気付かないはずがない。

 後ろからプレッシャーを与えるつもりなのだろうか。


 通りは街並みを離れ、遥か向こうの山まで続く草原に出た。

 草原の端を掠めるこの道の先には巫子の館があり、そのまた先に国境がある。

 巫子の館付近まで行けば、館に仕える人々の家があり、人通りもあるが、この辺りに人家は無い。

 由に、巫子の館か他国へ用が無い限り、この道を通る必要はない。って、うに昼を過ぎてしまったこの時間、人気ひとけは無いに等しかった。


 やはり、邪魔が入らずに香絵を奪い逃げ去るのにもってこいのこの場所で仕掛けると決めていたのだろう。十分に街を離れると、敵が動く。ばらばらと駆け出し、香絵たちを取り囲んだ。


『どうする?』

 千茅は迷っていた。団はまだ来ない。この場所を教えるため呼びに行くべきか、単身で加勢に出るべきか。

 ふと、あの日を思った。都紀の国が次代巫子を失った日。


 あの日、その瞬間に、千茅は香絵の側に居なかった。

 香絵の起床から就寝まで、時には寝ている間も、常に離れず衛ってきたというのに、巫子の館の執事が香絵と一緒にいたから気が緩んだ。次に使用する“お披露目の宴”の会場を下見に行ったその隙に、香絵はいなくなってしまった。

 己が居れば事情が変わったとは思っていない。執事がやられた相手だ。己がいても結果は同じだったろう。

 しかし、それでも、側に居ればよかった。離れなければ・・・。と後悔してしまう。


 結果、千茅はこの場を去ることが出来ず、香絵の許へ走ると決めた。

 香絵達を中心に輪を作る敵の一人を背後から斬り付け、そこから輪の中へ飛び込む。千茅が一人倒し、敵は残り七人。その中に遠賀で会った黄暢の隠密、真欄しんらんもいた。

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