山賊討伐

第57話

 隣国へ抜ける街道を来た道長達一行は、陽がまだ山の向こうに隠れる前に賀川と隣国が接する国境へ着いた。

 この先へ進んでも来た方へ戻っても宿場町はすぐだが、一行はどちらにも行かない。街道を逸れて雑木林の中へと足を踏み入れる。

 裕篤の示した山賊の隠れ村の場所へは、国境沿いに連なるこの山を、まだここから四半日ほど歩かねばならない。

 ある程度街道から離れた場所まで分け入り、少し開けた場所を見つけると地面をならし天幕を張って、今夜はこの場で野営とする。

 誰もが手際良く、さして時間もかけずに夕餉の支度までしつらえ終わったのだが、それ以上に暮れるのは早く、真っ暗な空に星が瞬く。


 山賊の隠れ村が発覚することは滅多にない。小物ならともかく、これから相手にするのはかなりの大物で大所帯だ。首領かしらは頭の切れる男で、大きな仕事を頻繁にこなす割に決定的な手掛かりを残すことがない。賀川では表社会でも、裏でも、知る人ぞ知る男だそうだ。

 しかし、どうやら内紛があったらしい。一人が賊を抜け、自分の保身と引き換えに賀川の探索方へ情報を流し、隠れ住む場所が発覚した。


 道長達は、途中から別行動をしている双子以外の全員で火を囲み、明日の段取りを確認する。といっても特に込み入った作戦などない。

 賀川側からは大して相手の情報を得られなかった。たぶん裕篤は、手札の半分も明かしてはいないだろう。道長達討伐隊はむこうの力量も分からないし、こちらには土地勘も無い。調べる時間も与えられなかった。

 下手に作戦を立てても、それが崩れたときに隙が出来る。

 それならば、それぞれ腕に自信がある者ばかりを揃えているのだから概要だけ組み立てて、あとは各自の判断に任せるほうが良策。判断を間違えないほどには皆、頭も腕もある。

 ということで、話はすぐに終わったのだが、道長の横の香絵は座ったまま、すでに寝息を立てていた。



「無邪気なものだ。明日は斬り合いになるというのに。」

 香絵を抱え上げ、呆れて言う道長に、周りの者達が返す。

「それが香絵様の良いところですよ。」

「香絵様を見ていると、緊張した心がなごみますねぇ。」

「御本人にそのつもりはないのでしょうが、可愛らしい仕草が人をやわらかくするのですよね。」

「そして可憐に見えて、お強い。」

「そう!お強い。なのに、自分よりもお強いと分かっていても、守りたくなるというか、庇いたくなるというか。」

「本当に。不思議なお人ですね。」


 香絵が朱雀御殿へ来た頃は皆、人並みはずれた美貌を持つ王の奥方を、天上のひとのように思っていた。

 本来なら、たとえ道長の信頼を得、直接指示を受ける立場にあっても、奥方に目通り出来るチャンスはまれ。運が良ければ、季節の挨拶時に道長の横に座る姿を拝謁できるかも知れない。その場で声でも掛けていただければ恐悦至極といったところだ。

 それが、離れている時間が惜しいという道長の気紛れ――香絵の正体を知る者達の一般的な見解ではそうなっている――から道長の傍らで一所懸命な香絵の人柄に触れることができる。

 道長の嫉妬は果てがないが、王の奥方をどうこうしようなどと考える者は、王の側近くに勤める人間の中にはいない。香絵が意図してたぶらかせば、堕ちない人間は無いだろうが、香絵の性格からしてその心配も無用だ。

 今では皆、父か兄のような心持ちで香絵を見ている。

 そんなあたたかい――ぬるいとも言う――視線の中、道長は香絵を自分の天幕へ運んだ。



 ふたりが天幕の内へ入り、入り口が「ぱさり」と音を立て彼等が見送る視線を遮ると、再び会話が再開する。

「先日香絵様が休日の日にやらかしちゃった話、聞いたか?」

「おお、知ってる知ってる。」

「え?知らない。なになに?」

「それが、なかなか行く機会がないから休日に朱の棟を見学しようと思い立ったらしくて、」

「ああー、香絵様なら考えそう。」

「うん、真面目だしな。」

「誰かに案内を頼めば良かったのに、遠慮しちゃったんだなー。で、ほら、香絵様って方向感覚がアレだろ?」

「ああ、なあ。」

「うんうん。」

「お屋敷の中だし大丈夫だろうとひとりで歩いてたら、案の定。」

「迷っちゃったんだー。」

「そう。で、うろうろしてるのを不審に思って警備が捕まえちゃってさ。」

 寝台へ進む途中で道長の耳がピクリと動き、足が止まる。『は?そんな話聞いてないぞ?』

「うん、それで?」

『うんそれで?』道長も心の中で先を促す。

「てか、その警備、香絵様って気付かなかったのか?」

「新人だったから香絵様のこと知らなかったらしいんだな。」

「そりゃ、気の毒に。」

「香絵様が?警備の新人が?」

「どっちも。」

「ああ、な。」

「で?で?」

「香絵様はいつもの笑顔で笑ってごまかそうとしたけど、うちの警備は新人といえど、それじゃあごまかされない。」

「まあ、そうだわな。」

「そこで来ました、お願いのポーズ!」

「おー出た!お願いのポーズ!」

「『怪しい者じゃないんです。見学してたら迷ったんです。建物の出口まで案内してくれたら帰ります。』って見上げられて、はい堕ちたー。」

「ありゃあ駄目だ。必殺だもんな。」

「あー、羨ましい。私もされてみたいっ!」

「それで、案内してもらって帰ったんだ。」

「そう。ただ、出口まで来たら説教されたらしい。」

「香絵様が?なんて?」

「用もないのに来るなって?」

「違う違う。警備が!香絵様に!案内ありがとうって礼を言った後に、『相手が怪しくないと言ったからってそのまま信じてどうするのですか!悪い人は自分が怪しいなんて言いません。道長様のお屋敷を護っているのだから、もっと気を引き締めなさい。』って。」

「うわー、らしいわ!」

「ホント。さすが香絵様だわー。」

「そうそう、そういう方ですよね。」と相槌を打った男が、少し考える様子を見せてから何かを思い出したように「ふふふ」と笑った。

「あ、お前、他に何か知ってるだろ。」

「今の笑い、怪しい。」

「いや、別に。」

「あ、こいつ。隠すな。」

「香絵様の情報は共有する約束だろ。」

「そうだそうだ。」

「ほら吐け。ほらほら。」

 男達はまるで少年に戻ったように小突き合い、じゃれ合う。

 道長は天幕の内で止めた足を再び進め、香絵を寝台へ降ろした。

『またこっそり奥を抜け出したのか。遠賀に帰ったらしっかり問い質して、その上でお仕置きも考えねば。』

 そもそも、一の門、二の門を何故香絵は通れたのか?道長はもう一度警備を確認し直すことも頭の中の覚書に追加した。

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