第56話

 一行は夕刻あたりに、道中何事もなく、無事佐々木の手前にある田中の町へ着いた。

 急いで進めばその日のうちに佐々木まで行けるのだが、佐々木に留まる時間をできるだけ短くしたい一行は、ここ田中の町に宿を取っておいた。


 宿でゆっくり一泊して、翌朝、佐々木の町に入る。


 まず、静を叔母のいる延郭寺えんかくじに送り、出向しゅっこうの挨拶のため、裕篤の御所へ立ち寄る。

 遠賀の一行は御所の中庭へと通された。

 片側は外界と御所とを隔てる高い塀。もう片側は御所の建物の壁。奥には、昔ながらの造りをした高い天守閣が聳える、細長い庭。

 玉砂利が敷き詰められ、塀際にはいくつかの縁台が置いてある。その横には大きなせんだんの樹が、ちょうど良い木陰を作り、真夏の湿気を含んだぬるい風が、天守閣の上から吹き下ろす。

 息苦しい建物内にいるよりはましだろうと皆をそこに待たせ、道長は供を二人だけ連れて、内へ入ることにした。

 供には兼良と、親衛隊の長である基義もとよし。普段なら道長の供に不可欠の政次は、得丸、和馬と共に香絵の衛りに就けた。

 なにしろここは賀川御所。裕篤の力の最も強い縄張り《テリトリー》。

 その身が危ないのは、道長よりも香絵である。

「では行ってくる。香絵はここで皆と共に待て。型どおりの挨拶だ。すぐに済む。」

「はい。」

『周りの者と同じ衣を着せ庭で待たせれば、父の目に触れることもないだろう。』


 ところが、裕篤と美平は道長の一行の様子を天守閣の窓から見ていた。そう、この庭は天守閣から相手方の一行を下見するために造らせたものなのだ。そして、前後を塞いでしまえば、逃げ場はない。誰一人逃すことなく、一網打尽にできる。

 幼くしてこの御所を離れ、今でもなるべく近付かないようにしている道長は、そのことを知らない。


「道長は美しい供を連れておりますね。小姓でしょうか?うん。かも知れませんね。しかし、あの様な細腕で山賊討伐の役に立つの・・・?・・・!ああ、そうか。遠征に女は連れて来られないので、その代わりに夜の相手をさせる、とか?」

 そう言ってひとり納得したり首を傾げたりしている美平を、片頬を引きつらせて裕篤が横目で見る。

「美平。お前その歳になっても妻を迎えぬと思っていたら、そういう趣味があったのか?」

「違いますよ!ただあのように美しい少年に、道長が親し気に声をかけたので・・・。」

 少し顔を赤らめ、強く否定した。

「ふん。お前の目は節穴か。あれは女だ。」

「え?そうですか?」

 もう一度よく見ようと、美平は庭の一行を見下ろす。その隣で裕篤も目を眇めて、絡みつくような視線を放つ。

 一行は厳しい日差しを避けるため、せんだんの木陰で休んでいる。枝葉に遮られて、姿の全容は見えない。そうでなければ気付いたかも知れないが、裕篤は女であることを見抜いても、それが遠賀で会ったことのある人物だとは思い至らなかった。

『見舞った奥方のその後は何も聞いていないが、あの様子では幾日ももたなかっただろう。不憫なことよ。それにしても変わり身の早い。もう、あのような美姫を従えてくるとは。

 上手く隠したつもりかも知れんが、私の目はごまかせん。仕事を終え、帰って来た時が楽しみよな。無事に帰って来られたら、だがな。』

 裕篤とて、道長が易々と山賊に負けるなどとは思っていない。ふふふ。と片方の唇端を持ち上げた。

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