第55話
まだ外門が開門したばかりなのに、朱雀御殿はいつもよりも賑やかだ。表庭の一画に
賀川への遠征隊は、総勢二十人。皆、道長の側近くで働いていて、腕に覚えがある者ばかり。そして、香絵の正体を知っている。
一人一人が馬に乗り、他に荷を運ぶ馬が十頭ほど。
静は馬車で。それに香絵も一緒に乗り込むことになった。
香絵としては道長と馬を並べて進みたかった。だが、出来るだけ香絵が疲れないようにと、周りが気遣ってくれているのが分かるので、不本意ながらも馬車に乗ることにしたのだ。
すでに荷の積み込みも終わり、準備は万端。いざ出発。と、香絵はすっかり明けている夏空を見上げる。薄い雲が空を覆って、一部分だけが眩しく光りその向こうに太陽があることが分かる。雨をもたらす雲ではなさそうだし、このまま日射しを遮ってくれるのなら有り難い。
視線を戻し馬車へ乗り込もうとした時、周囲の一同がざわりとした後、しん・・・と沈黙した。皆同じ方向を見ている。
香絵がそちらに視線を向けると、朱雀橋を渡り五の門をくぐってこちらにやってくる五人の老人達がいた。
「よお、間に合ったか。道長様、見送りに来たぞ。」
老人達の中でも一番歳を重ねていそうなひとりが、道長に向って片手を上げる。顔はしわくちゃの年寄りだが、背は高く、衣越しにもがっしりした体つきが分かるほど筋肉隆々だ。首を境に、上下の違和感が半端ない。
「清爺!来てくれたのか。五大老揃って。」
「おうよ。孫も同然の大事な王が、出陣するんじゃ。来んでどうする。」
「出陣って、大袈裟だな。」
「そんなことはなかろう。あのクソ
「「「「そうじゃそうじゃ。」」」」
五大老が揃って道長の肩やら背中やらをバンバンと叩く。だいぶ痛そうだ。
「で?あれは、どれじゃ?」
五人の老人はきょろきょろと周りを見回す。
『あれ?ってなんだろ。』
香絵がそう思って見ていると、清爺と目があった。
「おお、これか。これじゃこれじゃ。」
清爺が満面の笑顔で、両手を広げて香絵の方へやって来る。
一見とても友好的な行為なのに、香絵は何故か恐怖を感じて後退った。背中が馬車に当たる。頬が痙攣する。捕まる!と覚悟して目を閉じたが、香絵の体には何も触れなかった。
そっと目を開けると、道長の大きな背中が視界の全てだった。
「わざわざのお見送りはこれが目的ですか。」
香絵から道長の顔は見えないが、声には怒気が含まれている。身体からは冷気も漂ってくる。
「そんなことはないぞ。ちゃんと五人で馬一頭分の餞別も持ってきたんじゃ。馬ごと持ってけ。」
「そんな物でごまかされはしませんよ。」
「酷いのぉ。
「未熟者であることは自覚していますが、それとこれとは別の話です。」
「だって、全然会わせてくれんからぁ。だからみんなで会いに来たんじゃぁ。」
「やっぱりそうなんじゃないですか。もう出発します。ほら、香絵は馬車に乗って。」
向こうを向いたままの道長に、香絵は馬車の中へと押し込まれた。扉が外から閉じられる。
危ないから下がって下がって。と、道長が老人を追い払う声がして、その後間もなく一行は朱雀御殿を出発した。
道長不在の間の国務は、彼等“五大老”を含む先代女王の頃からの重臣達に任せた。
彼等は国が建ってからずっと女王の傍らで尽力してきた。そして道長が王位に就いてからも暫らくの間、道長が病の母に付いていられるよう、一切の国務を務めていた。老齢ではあるが
国政の五部門を采配する五人の賢老に限っては性格や趣味嗜好に多少の問題を有するが、政は彼等に任せておけば憂慮はない。
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