第48話
『眠ってしまうとは、何という失態だ。』
ここは執務室。
道長の目は書類を読み、手は文字を綴っているが、頭の八割はずっと別の事を考えている。
今朝目覚めると、道長は香絵の床の中にいた。横には香絵がまだ静かな寝息を立てていた。
全くの想定内だ。目論見通りだ。そうするつもりだった。全く問題ない。
・・・訳がない!
思い通りだったのはそこだけ。他の内容が伴っていない!
昨夜道長には一つの思惑があった。『今宵こそは香絵を抱いてしまおう。事実の妻としよう。』そう決心していた。
『なのに朝まで寝入って覚えぬとは・・・・・・。』
女を扱うのは自信があった。しかし今は、それも喪失気味。道長の周りにだけ、どよーんと暗雲が漂っている。
『この時をずっと待っていたのに。』
出逢った時、香絵には記憶が失かった。傷付けたくないと思い、男の欲望を向けることは出来なかった。
忠勝の家へ預けた時、あまりの汚れのなさに、簡単に手を出すことは
そうしているうちに時が流れ、香絵を抱きたいと思いながら、そのきっかけを失っていった。
香絵の国が見付かり、香絵が都紀へ連れ戻されるかも知れないと思った時、引き離される前に自分のものにしてしまいたい衝動に駆られた。だが、別れねばならないのなら無垢のままでと、香絵のために思い止どまった。
そして、もし香絵が
心に掛かっていた案件は越えた。香絵の出自は明らかとなり、父親との挨拶も済ませた。道長を好きだと、香絵の言質も取っている。
もう躊躇う事は無い。
『それなのに、眠ってしまうとは・・・・・・・・・・・・orz。』
道長の自信はどっぷりと底なし沼にはまっていった。
香絵は香絵で落ち込んでいた。移動する香絵の背中を、暗ーい陰がついてゆく。
書庫で頼まれた調べ物をしながら、他の事が頭を占める。
道長が香絵を望んでいるのは分かっている。香絵は道長を心から愛している。拒む理由はない。心のままに身を任せてしまえたら、どんなに幸福だろう。
でも香絵は心の隅に引っ掛かるものがあって、それが出来ない。
道長の心を知りながら、昨夜もつい話を逸らし、ごまかしてしまった。
「巫子と交わると死が訪れる・・・。」
呟きが香絵の赤い唇から洩れる。
「優しい言い伝えだな。」
いきなり後ろから声を掛けられた香絵は驚いて、持っていた書物を手から滑らせた。
「おっと。」
後ろには道長が立っていて、香絵の手から落ちる書物を受け止めた。
「ああ、びっくりした。どうしたらそこまで気配を消せるのでしょう。」
香絵は胸の鼓動を両手で押さえる。
「優しい言い伝えとは、どういう意味ですか?」
「香絵も案外頭が悪いな。」
香絵の落としそうになった書物を返しながらの答えに、香絵の頬が膨れた。道長が笑って香絵の頬を撫でる。
「その言い伝えがなかったら、香絵は今どうなっている?」
そうだ。父の国で月の天使の巫子はとても重要な存在。無理にでも連れて帰られ、巫子としての務めを果たさねばならないだろう。
「巫子に、その務めを投げ出してでも一緒になりたい男が出来たなら、巫子の役から解放される。そのための言い伝えだと、徹元殿は考えられたのだ。いくら娘が大切だといっても、徹元殿にも立場がある。理由もなく巫子の失踪を認める訳にはいかないのだろう。」
「そっか。そういうこと・・・。」
香絵は説明され、やっと分かった。あの時香絵の頬が赤くなるほど恥ずかしかった、父の質問と、道長の返答の訳が。
道長は『月の天使の伝説の書』を、隅から隅まで読んだ。しかし、そんな内容の項はなかった。
徹元は、本は覚え書きのようなもので、本当の言い伝えは人々が語り継ぐ中にあるのだ、と言っていた。
『都紀にはあの本に載っていなかった言い伝えが、他にもあるのだろうか?』
道長はひどく興味をそそられた。
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