第46話

 道長と徹元は、その後奥へ渡った。

 香絵の部屋で出迎えた姫達を見て、徹元が感心する。

「ほお。これはまた。よくぞここまで美形のみを集めましたな。しかし、皆どことなく香絵に似て・・・!」

 そこまで言って、徹元ははっと道長を振り返る。

「はい。選んで揃えました。」

『そうか。香絵のためにそこまで・・・・・・。』

 徹元には道長の考えが読めた。


 木の葉を隠すなら森の中。道長は香絵を隠すために姫達を揃えたのだ。

 狙われている香絵の側に、似た姫を置く。その姫にも危害が及ぶかも知れない。いや、むしろ香絵に及ぶ危害をそちらに向けようとしているのだろう。

 選ばれた姫に対してもその家族にも、非道なことだと分かっている。それでも、他の何を犠牲にしても、香絵を護ろうとしているのだ。自身の良心をねじ伏せて。


「道長殿。有り難う。」

「いえ。香絵を失いたくない、私の身勝手です。」

 徹元は「いやいや。」と首を振る。『それも痛かろうに。』



「お二人共、立ち話などしていないで、どうぞお座りください。」

 なかなか襖のところから動こうとしない二人に、香絵が声を掛けた。

「おお。あまりに姫君達が美しいので、道長殿が羨ましいと言っておったのだ。」

「もう、殿方はそんなことばかり言って。久し振りに会う娘に、他に言うことはないの?」

「いや、あるある。」

 徹元は進められた場所へどかりと座る。

「香絵の記憶の事だ。記憶が失いのは、香絵が自ら封印したからだと婆々が言っておった。何か人に知られたくない事があって、香絵は記憶を封印したのだろうとな。」

『人に知られたくない事・・・・・・?』

 確かにあったような気がする。でも思い出せない。

「本来ならばそこだけを封印出来るはずだが、香絵もまだまだ未熟だと嘆いておったわ。」

「まあ!お婆々様ったら、未熟だなんて。ご自分の教え方が悪かったとはお思いにならないのかしら?!」

 都紀にいた頃のような香絵の口振りに、徹元が問う。

「香絵。婆々の事も覚えているのか?」

「あら?はい。昨日まではどんなに考えても、何も思い出さなかったのですけど。父様からお婆々様の話を聞いて、お顔も思い出せます。」

「では他の事は?」

 道長が聞く。

 香絵は考えてみるが何も浮かんでこない。

 徹元が記憶の糸を導く。

「兄達はどうだ?たくみ真斗まさと雪桐ゆきり星夕せいゆうみこと。皆香絵を可愛がっておったぞ。」

「はい。分かります。大好きな兄様達。」

 兄達の優しい顔が浮かぶ。


「徹元殿の言葉からなら、思い出せるようですね。」

「うむ。では今宵は語り明かすか。残念ながら、都紀に予定があってな。明日には発たねばならんのだが、時間の許す限り香絵の思い出を辿るとしよう。」

 本当は都紀に予定など無い。あまり長居をして、香絵を狙うやからを刺激したくないというのが、正直なところだ。


 空が白み始めるまで、徹元の昔話は続いた。

 香絵がうとうと始めたので、三人は休むことにした。



 昼まで寝ると、徹元は三人の供と静かに都紀へ帰っていった。

 泣かれては辛いからと寝ている香絵にそっと別れを言って、じりじりと肌をやく日射しの中、見送りは道長と、うるさいほどに腹を振るわせる蝉達だけだった。

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