第45話

 それから道長と徹元は政治について、遠賀の国王と都紀の国王として会話した。統治する者の悩みとか、国内の動きについての助言等を、道長が徹元に訊ねた。目上の者を立てるように話をする道長を、徹元は好ましく思った。


 香絵は難しい話に少々退屈気味。あくびしそうになり、慌ててかみ殺す。

 道長がくすりと笑った。

「香絵。先に部屋へ戻ってていいよ。後でお父上と行くから。」

「はい。では後程。」

 外交用の丁寧なお辞儀をして、これ幸いと香絵が退出するのを見届けると、話題はそれまでとがらりと変わる。


「徹元殿。香絵についての話を。香絵を狙う者がいます。その訳を教えていただきたい。」

「そうだの。その前に、この国で起こった事を聞かせて欲しい。香絵は此処でも、狙われたのか?」

「はい。春のなかば過ぎに、香絵を預けていた家が襲われ、邸の者は皆殺しにされました。その後この屋敷に入れてからは何事もなく過ごしていますが、時折不審な気配を感じることがあります。」

 忠勝邸が襲われた後、邸内に居た者は全員死亡と公表した。賊が狙う者も一緒に失せたのだと思わせたかったのだが、そううまくはいかなかったようだ。

「そうか。奴等は香絵が此処にいる事を知っておるのか。しかし、巫子の役を解いてしまえば・・・・・・・・・。」



 徹元は黙って考えを巡らせていたが、まずは道長にこれまでの経緯を説明することにした。

「始めに月の天使の言い伝えから話さねばならんが・・・。」

 徹元がちらっと道長に目配せする。

「それならば多少存じております。都紀へ使者を出した折、それに関する本を入手し、読みました。」

 今更徹元に隠しても仕方ない。道長は正直に話した。

「やはりの。巫子の婆々が、『館の書棚の本を何者かが盗み読みしとったが、知らん顔しといてやった。』と言っておった。」

「申し訳ございません。香絵に関する事を調べよと、私が命じました。」

「いやいや。なかなか使える臣下をお持ちじゃな。婆々も良い仕事ぶりじゃと褒めておった。知っているなら話が早い。

 他国の人から見れば、ただの物語に過ぎんかも知れんが、都紀の人々はその話を信じておる。月よりの天使は本当にいらして、いつか再び都紀に降り立たれるとな。そのために、月の天使にお仕えする巫子は大切な存在なのだ。月の天使より分け与えられた奇跡の能力で国を護り、いつか月の天使が降り立つためのしるべとなる。

 人々は本を読むわけではなく、口から口へ何代もにわたって伝えてきたのだ。」

 そこで一間置き、小さな台に用意されたお茶を飲む。喉を潤すと、続けた。

「都紀の言い伝えを信じる者が、都紀の外国そとに現われた。それも、巫子の能力で月の天使を呼び寄せれば、奇跡を思いのままに操れるなどという、自分勝手な解釈でな。

 困ったことに、奴は黄暢と言う国の国王という身分を持っておる。臣下を使ってやりたい放題だ。巫子を手に入れようと、無茶をしよる。」

 難儀なことよ。と眉を寄せ溜め息を洩らす。

「都紀から香絵を連れ去ったのも奴等だ。巫子の婆々はたとえ手に入れても、奴の言うことなど聞きそうにないからな。香絵が巫子を継ぐのを待っておったのだ。そしてさらった。

 儂等は血眼になって香絵を探した。ずっと香絵の護衛につけとった者にもすぐに足取りを追わせたのだが、未だ帰らん。

 しかし、香絵が此処にいるという事は、奴等は途中で香絵に逃げられたのだな。間抜けなことだ。」

 徹元は、ははは、と笑った。


 間抜けな相手を嘲笑しているのではない。今までの怒りも不安も、過去のものとして笑い飛ばしてしまえる。道長は徹元の笑い声に、この人の大きさを感じた。

「道長殿。香絵がこの国にいる事は、都紀では伏せておきましょう。巫子は行方知れずのままです。次の巫子が育つまで、婆々が代わりを務めてくれるでしょう。まだまだ死にそうにないのでな。」

 徹元はそう言ってまた、ははは、と笑った。

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