第43話
ある夜、道長が香絵の部屋へ行くと、香絵は縁へ座り、柱に背を当て、天を仰いでいた。月の淡い光がぼんやりと香絵を照らし、白い肌が浮かび上がる。
月の光は、庭に咲く花々も照らし、花は香絵の背景で様々な色を淡く散らす。
香絵は月を見て、溜め息を
足を止め別世界のような景色に見惚れていた道長は、現実へと引き返し香絵に声を掛ける。
「まるで物語の挿絵のような美しさだな。何を溜め息など吐いているのだ。」
「道長様・・・。」
驚いて微かに肩を揺らした香絵が振り返り、泣きそうに顔を歪めた。道長の顔を見た途端、感情が一気に膨らんで溢れそうになったから。一瞬で収めてしまったけれど。
「いえ、別に何も。」
道長は香絵の傍に胡坐をかく。
「香絵。隠し事はするな。今、心の中にあるものを、私に見せないのは許さん。香絵の心の全てを知っていたい。たとえ少しの間でも、不安を残したまま離れたくはない。」
ああ、だめだ。せっかく収めたのに・・・。香絵の瞳から一筋、涙が流れた。
「月を見ていたんです。日に日に膨らんでゆく・・・・・・。あの月がいっぱいに満ちたら、お別れなのでしょうか。」
また一筋、涙が頬を伝う。
道長は香絵の横へ行き、自分も柱に背を預け、香絵の肩に左手を回した。
「心配するな。そなたのお父上には、私がよく頼んでみる。もし、帰らねばならぬとしても、離れているのは少しの間だ。すぐにまた逢える。」
「約束、覚えてますか?」
「約束?」
「他の女性には触れないと。」
「ああ。覚えている。香絵がいなくても約束を破ったりはしない。」
「本当に?」
「本当だ。」
「きっとよ?他の女性に触れないで。もし破ったら、もう帰ってきません。」
香絵が真剣な瞳で道長を見る。また零れ落ちそうなほど涙を
「分かった。必ず守る。」
道長も真剣に香絵を見詰め返す。
本当は香絵だって解っている。
ここは遠賀。この国の殿方は恋の相手をひとりに限定しない。
香絵は道長の胸の衣を握り、頬を擦り付ける。
「嘘です。帰ってきます。道長様が他の女性に触れても、他の女性を抱いても。」
感情が込み上げ、香絵の声が震える。
「だから、わたしを忘れないで。必ずわたしを迎えに来て・・・。」
「大丈夫。必ず迎えに行くし、必ず約束も守る。私には香絵だけだ。香絵だけを愛し、香絵だけを抱く。他の女などいらない。心配するな。」
道長は右の掌を優しく香絵の頬に当て、口付けた。
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