第37話
朱の棟“会見の間”。
この部屋は、会見する者が席の上下でもめないよう配慮して、全てが四方対称に造られている。扉、壁掛け、卓、椅子、華台とそれに飾る花に至るまで、部屋にあるもの全て。
強いて違うものを挙げるならば方角くらいだ。一応方角を相殺する意味で、天井に星が逆の配置で描かれている。しかし、方角がどちらだから上座だ下座だと決まっているわけでもないので、これは良し――良くないと言われてもこればかりは同じにしようもないので――良しとしておこう。
昔、母の軍師だった男が造らせた。この日道長が会うのと同じ相手を、大切な女王陛下の上座に置きたくないという理由で。
『彼の頭の切れは常人離れしてるわね。遠賀がすぐに国として成り立ったのも彼の采配のおかげだと、わたくしはいつも感謝しているの。道長、絶対彼を手放してはいけませんよ。』
母がまだ女王の座に就いていた頃の言葉だ。
だが彼は今、道長の
その“会見の間”で、道長は父と対峙している。
道長と、父
道長の父裕篤は、隣国“賀川”の国王。
細く尖った顎が印象的。細身中背。先述の通り好色で、女と見れば見境がない。それさえ除けば国を治める力量は申し分ないといえる。
兄の美平は、道長とは母が違う。道長の母を裕篤が妻に迎える前、妻の座にいたのが美平の母。病で若くして亡くなった。
道長も美平も母親に似て、お互い似通ったところといえば、肌色の白いことくらいだろうか。中肉中背。線の細い顎。高い頬骨。大きく主張の強い目、鼻、口。
裕篤の所行を考えると不思議ではあるが、兄弟は今のところ、美平と道長の二人きり。
しかし、道長と違って美平は昔から父のお気に入りで、二年前土地を分けて貰い“高辺”という国を建て、一国の王となった。
裕篤にしてみれば、“遠賀”も“高辺”も、“賀川”の所有物に過ぎない。
部屋の中ほどに椅子が、二脚ずつ対面に四脚、用意されている。三人が腰を掛けた。
「ところで隣が空いている様だが、奥方は如何した?」
この会見を、外交であるとしても、家族の再会であるとしても、招いた側の道長の隣に妃が不在であるのは不自然な事であろう。しかし、型通りの挨拶はしたものの、
『早速きましたね。久し振りに会うというのに、興味は相変わらず女だけですか。』
道長は本心を隠して、用意しておいた答を返す。
「それが、折角お運びいただいたのですが、急な病で床に伏せっております。」
これはかなり見え透いている。『ばればれだな。』
予想に反せず裕篤は事実と考えていないようだ。大げさに驚いてみせる。
「それはいかん。ではこちらからお見舞いに伺おう。」
女好きの父が、急病くらいで噂の美姫に会うことを諦めるとは思っていない。
『やはり、そうきましたか。』
ここからが本番。勝負どころだ。道長は判り易く肩を落としてみせる。
「いえいえ、ところがこれが、恐ろしい伝染病で。会っただけで人から人へうつり、うつれば二人に一人は死に至るのです。国の西から流行り始めたかと思ったら、あっと言う間にここまで広がり、昨日も屋敷の中だけで五人が死にました。お心遣いは嬉しく存じますが、父上にうつしては一大事。お見舞いなどとんでもありません。」
裕篤等一行は賀川のある北東からの道を来た。遠賀の西側の様子は知らない。急な流行り病が蔓延しているのかどうかなど分からないだろう。
鈴木の町は、今日裕篤が訪れると知っていて、町中が意気消沈している。賀川の国に属していた頃にいったい何をやらかしたのか、裕篤の嫌われぶりは逆に
雰囲気を調えるため、今朝から必要外の私語を慎むよう屋敷中に触れてある。極力物音も立てないようにと。
加えて数日前から始まった雨季の長雨。屋敷内の空気も湿って重い。
国の政の中心地、朱雀御殿。何処よりも活気に溢れているはずのこの屋敷の妙な静けさに、裕篤も気付いているはず。
『こう言えば、たとえ本当かどうか疑わしくても、会うとは言えまい。父上も諦めざるを得ないだろう。』
道長はそう思っていたが、甘かった。裕篤の女好きは『命を懸けても』の域にまで達していたようだ。
「気にするな。私は病になど負けはせん。ぜひお見舞いに・・・。そうだ。これからすぐにでも。なあ、美平。」
裕篤は腰を浮かせた。
「父上、お待ちをっ。」
道長は焦った。慌てて立ち上がり、椅子を倒してしまうほどに。
だがこの焦りようを目にして道長の言葉を信じてしまった美平を見るに、話の信憑性を増す効果があったようだ。
美平は「いえ、私は・・・。」『そんな病をうつされてはかなわない。』と辞退。賢明な判断だ。
それでも裕篤は立ち上がり、「ほれ、行くぞ。」と道長を催促する。こちらは引きそうにない。
「・・・・・・分かりました。では部屋を消毒させ、座を整えますゆえ、暫らくお待ちを。」
とにかく、時間稼ぎだ。
会見室を出て、次室に控える政次に伝える。
「急いで香絵を表へ逃がせ。」
政次はそれだけで事態を察した。小さく礼をすると、奥へ走る。
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