第33話

 道長は書庫で簡単な食事を摂っていた。

 左手は得丸の持ち帰った本の頁をめくり、右手は食事を口へ運び、目はずっと文字を追っている。

 都紀の国の文字は遠賀のものとは異なると得丸は言っていたが、この本はこの国の言葉で書かれてある。

 得丸は都紀にいた五日の間に、情報集めをしつつ、この本を翻訳しながら写本してくれたのだ。まったく大した奴だ。

 感謝しながら、道長は本を読み進める。


 しばらくのち、書庫の扉は閉じたままなのに、道長は室内に人の気配を感じた。

「和馬か。」

 道長からは死角となっている書棚の向こうから答えが返る。

「はい。安隆殿から連絡がありましたので、これから出ます。」

「うん。」

 和馬はすぐに気配を消した。

「やはり動いたか。」

 道長は呟き、すぐに本の続きを読み始めた。



 それには、昔都紀に降りた“月の天使”と、それに仕える“月の天使の巫子”の伝説が書かれていた。


 遥か昔の話。

 此の地に天使が降り立った。

 天使は奇跡の能力ちからを持ち、痩せて乾いた此の地を豊かに導いた。

 天使は此の地で一人の人間ひとを愛した。

 その人間の幸福を心から望み、此の地の平和を願った。

 ところが、近国に争いが起こった。

 それが此の地を巻き込む。

 奇跡の能力を利用しようとする人間により、天使が連れ去られた。

 天使は奇跡の能力が悪用されることを恐れ、自らの記憶を封印した。

 争いにより、土地は荒れ、家は焼かれ、人が死んだ。

 天使は何とか貪欲な人間の手から逃れ、記憶の封印を解き、有らん限りの奇跡の能力で、平和を取り戻した。

 しかし、時すでに遅く、愛した人間はこの世に亡かった。

 嘆き悲しんだ天使は、愛する人のいないこの地に暮らすのは辛すぎると、故郷へ帰っていった。

 巫子に能力の一部を授け、此の地の平和を約束して。

 人間は此の地を、天使の故郷である『都紀つき』と名付けた。

 再び訪れた時に天使が悲しむことの無いよう、平和への努力を怠らず、巫子を大切に奉る。

 人間は永遠の平和と、天使の再来を、心から願った。


 本にはそんな物語が綴られていて、後の頁に巫子の存在の重要性や、人間としての在り方といったようなものが続く。



 道長は本を読み終えると、その内容について調べた。

 話の中に出てくる事柄に少しでも関わりのありそうな本を、書棚から探してはめくってみる。

 都紀についても、載っているものはないかと探した。

 しかし、参考になりそうな情報は大して得られなかった。

「書庫の膨大な書物より、得丸の頭脳の方がよほど役立つか。」

 棚に所狭しと並べられた“無用の長物”達――もちろん役立つ場合も多々あるが今回に限ってはそう呼べるであろう――を見上げる。

 陽も傾いてきたので、道長は調べ物を中断し、続きは明日にした。

 明日になれば成果があるとも思えなかったが・・・・・・。

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