第32話
執務室に戻ると、香絵が一人で道長を待っていた。
「お二人にはお昼ご飯に行っていただきました。」
お二人とは、もちろん政次と兼良。
以前なら彼等は席を外した道長が戻るか、あるいは道長からの指示が届くまで、この場を離れることなど許されなかった。と言っても、許さないのは道長ではなく彼等の真面目な忠義心だったが、昼食のために道長より早くこの部屋を出ることなど決してなかった。
しかし、香絵に笑顔で「お先にお昼へどうぞ。」などと言われれば・・・。
それでも「いや、しかし・・・。」と躊躇する、任務に忠実な二人ではあるが、更に香絵から「いつもわたしだけ奥でお昼でしょ?なんだか寂しくて・・・。今日は道長様に二人きりのお昼をおねだりしたいの。」なんて両手を合わせて見上げられたら・・・・・・。
二人に逆らう術などないのである。
「「で、では、お先に。」」
「どうぞ。どうぞ。」
笑顔の香絵に、執務室を追い出されてしまった。
道長の腕を取り「たまには一緒にお昼を。」と言う香絵に、道長が謝る。
「すまん。これから書庫へ籠もる。昼は静達と摂ってくれ。午後は
やりかけにしていった机の上を片付け、道長はさっさと部屋を出てゆく。
出しなに香絵を振り返り、
「ただし、屋敷からは出るなよ。」
釘を刺し、引き止める間もなく行ってしまった。
「あ・・・。もう。」
香絵の頬が膨らむ。
『好きにしていいのなら、辰様のお見舞いに行きたいと思ったのに、言う暇もないんだもの。この間のこともあるし・・・・・・。』
告げずに行くのは悪いだろうか。うん、悪いよね。静に聞いた話では随分心配かけたようだし、そのせいで栄は実家に帰ってしまったし。
『でも言おうとしたのに聞かずに行ってしまったのは道長様だし・・・、せっかく静様にお願いしてお弁当も準備していただいたのに・・・・・・。』
思案していたが、やはりどうしても行きたい。道長と食べるはずだった二人分のお弁当は、だいぶ元気を取り戻した辰と一緒に外で食べたら楽しいだろう。
『このまま行っちゃお。静様はわたしがここにいると思っているし。』
この間は道に迷って遅くなってしまったけれど、もう覚えたから大丈夫。今から出れば夕刻までには戻ってこられる。
香絵は自分で「うん。」と相槌を打つと、誰にも見付からないよう、そっと屋敷を出た。
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