白馬
第26話
屋敷へ戻ると道長は風丸から香絵を降ろした。
仕事をひとつ済ませてくるので三人は馬舎で待つようにと指示し、向かって左手にある四の門右翼から騎乗のまま建物の内へ入った。
残された三人は表庭を抜け、右手の四の門左翼から馬舎へ向かう。
香絵は四の門の手前で正面の建物を見上げた。
高さは5階分くらいあるのに、中身は3階建ての大きな建造物。“
ここからでは
出掛ける時にも通ったが、これも道長の屋敷の一部だとは思ってもみなかった。
幅は敷地の横いっぱいあって、左右の壁はそのまま堀へ下りている。朱の棟の向こうに香絵の住む場所があるのだが、先へ行くには朱の棟1階部分の右と左に一つずつある通路のどちらかを通らねばならない。
表庭から四の門をくぐり建物内の通路へ入る。1階の一部がトンネルのようになっていて、広庭へと抜けられる。通路の入り口と出口には頑丈な門があって、門番が立っている。表庭側の四の門は昼の間開放されているが、広庭側にある三の門の出入りは昼夜問わず厳しく監視されている。
が、政次、兼良と一緒なら顔パスだ。
「わたしひとりなら?何度か通れば覚えてもらえますか?そしたらひとりでも通してもらえる?」
政次に尋ねてみたら、「さあ、それは・・・どうでしょう。」と言葉を濁された。
広いこの屋敷のこと、歩けば表庭から馬舎まで7、8分は掛かる。政次と兼良だけなら、馬に乗ったまま行ったのだろう。
しかし、香絵に乗る馬はなく、相乗りも出来ない。そんなことをしたら冗談ではなく、嫉妬深い道長に殺されてしまうと、香絵はともかく、供の二人は分かっている。歩くほかない香絵のため、三人で歩いて馬舎へと向かった。
一方道長は、朱の棟をくぐり抜け、広庭を横切り、赤の棟入り口で風丸を降りる。
和馬には昨日得丸と繋ぎをとるよう命じた。発つのは今日の昼にすると言っていたので、まだ屋敷にいるはずだ。
和馬の部屋には、『いない。』
弁当の用意かと厨房へ行ってみた。『違う。』
出発の挨拶に来たかと、執務の間。『ここでもない。』
武器庫。経理の間。設備品倉庫。
もしや風呂場?
どこにもいない。
「もう発ってしまったのか?」
『なら仕方ないな。手掛かりをもう一つ得丸へ伝えてもらおうと思ったのだが・・・あ!』
ふと思い当たり、得丸の部屋へ行ってみた。内で人の気配がする。『当たりだ。』
「和馬。いるのか?」
「はい。」
返事を聞き、襖を開けた。
「ここだったか。」
物入れを開けて中を見ていた和馬は、道長の方へ向き直り片膝を衝いて頭を下げた。その姿は得丸と瓜二つ。
「はい。得丸が届けて欲しい物があるようなので、探しておりました。」
和馬がこう説明したからといって、得丸から手紙が届いたとか、
得丸と和馬は双子の兄弟。二人は不思議な力を持っている。
どんなに遠くても、お互いの心が通じるのだ。はっきり何と分かるわけではなく、『感じる』のだという。
例えば今の場合、頭の内で得丸の声が「あれを届けてくれ。」と言ったり、目の前に得丸の幻が立って必要な物を指差したりするのではなく、和馬自身は現在まったく必要性を感じない物が、どうしても旅の過程になくてはならない物に思えてしまうらしい。
そんな二人だから、他国を移動する得丸を、和馬だけは見付けることが出来る。
「私に何か?」
「ああ、もう一つ得丸に伝えて欲しい。国王やそれに近い身分の者を上様、殿様と呼ぶ国。身分差はある、が、人前でそう呼んでも大丈夫なほど、治安がよいのだろう。」
些細な事だが何が手掛かりになるか分からない。とにかく伝えておけば、あとは得丸が
「はっ。そう伝えます。」
「頼んだぞ。気をつけて行け。」
「はい。」と和馬が一層頭を下げると、道長は踵を返し部屋を出て行く。
伝言は多分、すでに得丸へ届いている。道長の言葉が和馬の耳に届いた時点で。ということはつまり、わざわざ出向く必要はないということだ。
そのことは道長も解かっている。しかし道長としては、和馬に得丸と直接会って様子を見てきて欲しいのだ。
特に今回のような、行程も日程も立たない旅の場合、時には一人が寂しいこともあるのではないか。身近な人の顔を見たくなる時もあるのではないか。
だから時々道長は、出向くまでもない用で、和馬を遣いに出したりする。
物理的に必要と思えないことだって、実は何より大切な場合もある。そこを理解してくれる上役は有り難い。それに、今回は物理的に考えても、どうしても出向く必要があるようだ。
得丸の部屋で、和馬は再び探し物を始めた。
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