第22話
香絵の傷を見て、誰より一番驚いていたのは銃を撃った男だった。短剣が刺さったままの肩が痛むのも構わず無理やり兼良の手を振り解き、その場にひれ伏す。
「申し訳ねえ。俺は何て事を。関係ねえ人を傷つけるなんて・・・。」
男の存在を思い出した道長は立ち上がった。顔には怒りを隠そうともしない。
道長はこれまでも何度か命を狙われた事がある。立場上それは仕方ない。
別に、国内に道長の暗殺を企むような政敵がいるわけではないし、他国の支配者から邪魔者扱いされてスパイとか隠密とかの類いに命を狙われているわけでもない。
それでも、自分が思い通りに生活できないのは世間のせいだから世の中を変えるためにトップを倒すしかないなどと思い込む確信犯や、自分の罪を棚に上げ罰を下した組織の頂上に位置する人物を恨んだりする輩は、どこの国にもいるもので・・・。
道長としては自分の命を惜しいと思わないし、死んだら死んだでそれは仕方ない。人の上に立つのなら、才能や努力も必要だし、運も必要。死んだとしたら、それらが自分には足りなかっただけのこと。
だが、今回の事はどうしても許せない。善とか悪とか、故意とか事故とか、そんなことは関係なく、ただ気持ちが治まらない。
理由は勿論、この男が香絵を傷つけたから。
男に向かって歩き出した道長の右手は、刀の柄に掛かっている。男の目前まで行き、道長が刀を握る手に力を入れた時、後ろからそっと右手を押さえられた。
「香絵!」
何故止める?そう言いたくて振り返ると、香絵は少し厳しい顔で立っていた。
そしてゆっくり道長の前に廻り、男との間に割り込んだ。
「いけません。道長様。」
「嫌、許せん。斬る!退け、香絵。」
香絵の顔が厳しさを増す。
「駄目です。あなたは国王なのでしょう?ならば感情に流されて人を斬ったりしてはいけません。」
柔らかな諭すような口調で言われて、道長が「ぐっ」と詰まる。
香絵の後ろで庇われている男が、驚いて顔を上げた。道長の身分を、自分が銃口を向けたのは国王であったことを、今初めて知ったのだ。
「何故こんな事をしたのか、確かめるのが先でしょう?後ろに何者かが付いていれば、この一度ではすみません。個人的な理由なら、もっと問題です。」
本来なら道長が判断すべきことを香絵に示され、道長は返す言葉がない。
仕方なく刀の柄を放し、後ろを向く。
「分かった。話を聞く間だけ、斬るのは待つ。」
厳しかった香絵の表情が、いつものように和む。
厳しい顔も凛として美しいが、やはり和やかな笑顔の方が似合う。香絵の放つ光が、肌に温かさまで伝えてくるようだ。
伏したままの男の方へ向き、香絵が肩に手を載せようとした。その時、
「香絵っ!!」
『きゃっ』と肩を竦め怒鳴り声の主を見ると、鬼の様な形相で仁王立ちしている。
「私以外の男に触れるな!その時「待った」はきかない!」
香絵は男の肩に触れそうな手をさっと引き、「くすっ」と笑った。道長の護りの深さには呆れるが、それほど大切にしてくれているのだと思うと嬉しかった。
側の兼良に、自分の肩に掛けてあった薄衣を渡す。
「これで傷を押さえてあげて。」
そう言って、間違って触ってしまったりしない程度の距離を取り、草の上に座り込んだ。
兼良が男の肩から短剣を抜き手当てを始めたので、香絵は話を少し待つことにした。
道長が離れた所で心を落ち着けていると、いつ戻ったのか、森で拾った猟銃を持った政次が、その横に来て小声で話しかけた。
「個人的な理由ならもっと問題・・・ですか。」
「聞いていたのか。」
「はい。国政絡みの暗殺はどこの国にでもある事ですが、個人に殺したいほど恨まれるのは道長様自身に問題があるのではないか。そこまでさせた道長様に非があるとも考えられる。ということですよね。今後他でも同じような恨みを受け、再び同じ事を繰り返さないためには、真意を確かめ、道長様に非があるのならば、道長様はそれを改めねばなりません。」
「うん。」
道長は素直に認める。
地位の高い人間は、つい気持ちまで高い位置に置いてしまいがちだが、道長にはそれをたしなめてくれる身内が側にいない。
だからこうして、遠慮なく忠告してくれる側近の言葉は、貴重なものとして耳を傾けることにしている。
「そして、今回の暗殺者に後ろ盾があるのならば、一度では済まない。暗殺者など、いくらでも替えがいます。つまり次に備える必要がある。ということですね。ここで暗殺者の口を割らせなければ、後手に回ってしまう。なかなか鋭い所を突いてます。」
「うん。そういう事にすぐ頭が回る。ただ頭が良いだけなのか。それともそういう立場にいたことがあるのか。」
道長は、座り込んで男の様子を窺っている香絵に視線を向けた。
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