夜襲
第8話
美しい白壁の塀に囲まれた忠勝邸が、月明かりを背に泰然と聳えている。
表門が見えてきたところで、道長は邸の塀を越え、忍び込む者の姿を見た。
道長の心臓が一瞬凍りつく。
そして怒りが込み上げる。
『何奴?!私の香絵に手を出すつもりか!』
やはり曲者の存在に気付いた政次と兼良は同時に道長を見た。そして、道長の放つ冷気に身震いする。
『うわっ、本気だ。本気で怒ってる。怖っ!』
『あー。あの男、死にましたね。』
「政次、兼良、行くぞ!」
三人は馬を全力で門まで走らせる。通常なら閉じられているはずの門は開いていて、馬に乗ったまま駆け抜けた。玄関で馬から飛び降り、土足で邸の
「っ!」
「これはっ・・・」
部屋は血の海で、血塗れの人々が転がっていた。
奥の異なる場所から幾つもの悲鳴が聞こえる。夜這いの輩ではない。侵入者は塀を越えたあの男一人ではないのだ。
道長の胸が不安な鼓動を打つ。
「香絵!」
道長は走った。斬られて動かなくなった人の中に愛しい姿がないことを願いながら、全開の襖からひと部屋ひと部屋に目を配り、走る。
廊下で
「
足を止めることなく一刀のもとに斬り伏せると、その男を飛び越え、また奥へと走る。
「政次、忠勝を探せ!兼良は奥方の部屋へ!」
「「はっ!」」
二人がそれぞれの方向へ散る。
奥からは悲鳴と断末魔が絶え間なく聞こえるが、ここまで生き残った人間を見ていない。侵入した賊はこの
道長の心臓が激しく打ち続ける。
「香絵!どこだ!!」
香絵の部屋へ続く廊下の角を曲がると、一人の男が今こそ襖を開けようと手を掛けている。
「開けるな!」
素早く駆け寄ると、刀を喉元に突きつけた。
「その手を離せ。」
道長は物凄い形相で男を睨みつけ、低く、しかし威圧する声で言う。
「ちらとでも内を見たら、斬る!」
しかしその言葉で男の眼が輝いた。『この内に在る。』
男は手に持った刀で喉元の刃を払うと、襖を左右に大きく開けた。
香絵は一人、部屋の隅で怯えている。驚きに目を見開いているが、それでもその美しさは損なわれることなく・・・。香絵と男の目が合った時、男は息を飲み一瞬時が止まった。
その刹那を道長は見逃さない。
男が我を取り戻した時、道長は男の前に廻りすでに刀を振り降ろしていた。
断末魔を上げ後ろへ倒れ、男は動かなくなった。
「嫌っ!」
香絵は目を瞑り、両手で耳を塞ぐ。
その時、塀の外で多数の蹄の音がした。町の警備の者達がこの邸の異変を察知したのだろう。道長の聞き慣れた声が指示を飛ばしている。
彼が来たなら、もう大丈夫。賊が何人いるのか分からないが、すぐに収束するだろう。
道長が安堵の息を漏らした時、
「引け。」
どこかで声がして、曲者達は皆一斉に踵をかえす。各々が塀を越え、あっという間にいなくなった。
「追え。逃がすな!」
邸の外で多数の馬の走り去る音がした。
道長が香絵を振り返る。
「香絵、大事ないか?」
駆け寄りのぞき込む道長から、香絵は顔を背け、目と耳を閉じたまま頭を振る。
「すまない。」
道長は香絵の部屋へ曲者の侵入を許した事を詫びた。声などかけず、間髪入れず、切り捨てればよかった。
怖いめに遭わせてしまった。こんな思いはさせたくなかった。
血の海となった辺りを見廻して、目を瞑り耳を塞いだまま
「そのまま目を閉じていろ。ここから連れ出してやる。」
もう二度とこんな怖い思いはさせない。傍を離れない。道長は香絵を抱き上げた。
「政次。兼良。」
響く声で供の名を呼ぶと、二人はすぐに側まで来て膝を折る。
「どうだった?」
「駄目でした。息のある者は誰も。」
「こちらも同じく。」
道長は腕の中の香絵が一層身体を硬くするのを感じた。
「そうか。」
小さく言うと、「行くぞ。」と二人を従え、邸を出た。
門で警備の役人数人とすれ違った。
咎めの声をかけようとした役人を政次が片手で制し、近付く。相手はすぐに政次であることを認め、頭を下げた。
お互い馬上のままで政次が二言三言告げると、相手はすでに数間向こうを去る道長の背中をチラリと見て頷き、門の中へ入って行った。
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