第4話

『ん・・・。ここは・・・?』

 目覚めてから、少し間があって、香絵は思い出した。

 ここは宿屋。昨日、親切な殿方に出会って連れてきてもらった。

『その前は・・・。』

 親切な殿方に出会う前は何をしていた?よく分からない。頭が麻痺しているようで、上手く働いてくれない。

 でもこんなにふわふわのお布団で、こんなにゆっくり眠ったのは久しぶりのような気がする。気持ちも浮き立つ。

 これも、たぶん昨日が初対面だったと思うのに、ここまで連れてきてくれて、宿の部屋まで貸してくれた、あの親切な殿方のおかげだ。

 そんなことを考えていたら、襖を開ける音がして、隣の部屋から“親切な殿方”が顔を出した。



 道長は香絵をかるく診察し、異常の無いことを確かめると、国境の視察を中止して自分の住む町に帰ってきた。

 視察はもともと予定されていたものではなく、日常を離れる息抜きついでに思いついたことだったので、何の問題もない。

 仕事を任せてきた者達は予想外に早い帰りを喜び、山のような書類を抱えて出迎えてくれるだろう。


 馬ならば昼過ぎには帰り着く道程みちのり。なのだが、着いた頃にはすっかり陽は隠れて、濃い紫色の空に三日月が輝いていた。香絵を気遣う道長が、途中何度も休憩を取ったからだ。

 道長は片時も香絵の傍を離れず、細心の注意を払って世話を焼いていた。


「道長様、今日はなんか楽しそうですね。」

 兼良が馬を寄せて政次に話しかける。

「姫君に気を遣う道長様なんて初めて見ました。」

「ええ。」

 身分的にも道長はいつも世話される側で、こんなふうにかいがいしい姿は政次も初めて見た。

 馬で長距離を移動するのは結構疲れる。人を同乗させていれば尚の事だ。なのに交代を申し出た供の言葉も道長は断った。拾ってしまったからには面倒をみなければという義務感のようなものもあるかも知れないが、香絵の世話を楽しんでいるのは確かなようだ。腹心の二人にも譲りたくないほどに。

「よほどお気に召したのでしょうか。あの姫君のこと。まあ、確かにお美しいですよね。」

「ええ。そうですね。」


 兼良の言う通り、確かに美しい姫君だ。気怠けだるそうに道長に身を預ける姿は儚げで、男なら誰しも手を差し伸べたくなるだろう。昨日の様子から考えれば、本当に体調は良くないと思われる。

 そう、そこ。問題はそこだ。いったい何故あんな場所であの状態だったのか。事件絡みかも知れない。調査の必要がある。

 それにしても、道長の構い方は気になる。これまで人の世話をした事が無いから加減を知らないのだろうか?それとも?

『これは、ちょっと先手を打っておくべきか?』

 政次は思案顔で、一頭の馬に相乗りする男女を眺めた。

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