中話 暗殺の顚末……

「藩邸から使いに来ちゅうもんや。番頭の新助はんに入れてもろうたき……なんやら取り込み中やって、待たしてもろうちょった」


  その声に、藤吉は疑わしそうに目を細めた。

 慶太郎の故郷は土佐の城下よりも、伊予(現 愛媛県)のほうに余程近い。その訛りも、伊予弁に通じるものがある。不信に感じるのも、仕方がない。

 いっそのこと――そうは思っても、警戒している藤吉は刀の届く間合いに入って来ようとはしない。

 慶太郎は大きく相好を崩すと、弥一を助け起こす。

「こいつ、隊士のなかでも半人前じゃき、あの声にこじゃんとびびってもうて、この通りじゃ」

 二人の怒鳴り合う声が今も響く、二階につづく階段をあごの先で指し示せば、藤吉がやっと口の端を上げた。

「陸援隊の隊士であらっしゃるか?」

「いかにも――」

 慶太郎がニヤリと笑う。


 陸援隊とは、中岡が土佐藩邸内に倒幕を目的として作った浪士隊である。

 その顔ぶれは、土佐藩の郷士をはじめ、薩摩や長州、肥前など複数の脱藩浪士が含まれていた。

 当然のことながら、隊内で話されるお国訛りもそれぞれだ。


「どうやら、うちんとこの隊長、悪酔いしちょるようや」

 慶太郎が朗らかに笑えば、藤吉は苦笑を押し隠した。

「言い争いは、いつもんのことやすが――今宵はちょい過ぎるみたいどすな」

 籐吉が短い溜息を吐き、不安そうに階段を見上げれば――

 

「となりの清国ばぁ、見てみぃ! ええように喰いもんにされちょる。もっと南ばぁ見りゃ、もう国になってもありゃもうさん。

 徳川だぁ、薩長だぁ言うちょる場合やないきぃ!」

「じゃから倒幕や! 徳川を倒しぃ、国を一つにして諸外国にぶつかるしか残された道はありもうさんっ!」

 激しい口論は、ちょっとやそっとでは止みそうにない。

 

 慶太郎は肩を竦めてみせ、

「ついでに、わいが連れて帰るきぃ、許してやってくりゃもうさん」

 にこやかに笑いかければ、藤吉は目に見えてほっとして頷いた。

「ほな、ご案内致す。こちらに――」

 そう言って、こちらに背を向けて階段に向かう。その後姿に、慶太郎の笑みがすうぅと消えた。

 出来れば確実を帰して、寝静まるのを待って行動を起こすつもりだったが、こうなったら動くしかない。


 左手を腰の刀に添え、上がり框に飛び乗ると一気に走りぬけ、背後に立つと一閃、抜きざまに胴をなぎ払う。返す刀で、右肩から袈裟切りに切り捨てた。

 籐吉の「ギャー!」という叫びが薄闇を震わせ、ドキリッとしたが、階下に動きはない。

 ただ二階から、

「ほたるなっ! (*土佐弁 騒ぐなの意)」

 という、坂本の声が降ってきただけだ。

 背後に目をやると、茫然としていた弥一がブルブルと震えながら慌てて刀を抜いた。

 その姿にあごをしゃくって促し、階段を一気に駆け上った。


 すぐ左手の薄明かりが灯った障子戸を、音を立てて引き開ける。

 まだ湯気が昇る鍋を挟んで座した、二人の男。

 一瞬の躊躇だった。

 右に居る後ろ頭で髪を結った男が坂本だと判断し、刀を振り上げた刹那、懐から出した銃口がヒタッと向けられた。

「こな、クソッ!」

 動きを止め、ギリッと奥歯を噛み締めるだけの時間。


「竜馬――――っ!!」

 脇差しの短刀を引き抜き、斬り掛かったのは中岡だった。

 坂本が慌てた様子で銃口を向けなおす。

 振り下ろされる、脇差し。

 乾いた銃声。

 血飛沫ちしぶきが舞ったのは、ほぼ同時だった。


                         つづく

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