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「実はついさっき、アイツ婚約破棄されたんです。相手の男が浮気相手に本気になったらしくて」

 静かに話し出した男性。なんとなく二人の会話を聞いていて浮気とか別れた、とか聞こえていたからそう言う話だと思ったけど、思っていたより酷い話じゃないか。そりゃ泣くよ。

「元々そいつ、女癖が悪くて付き合っている時もそいつはやめろって何度も言っていたんですけど、あいつ全然聞かなくて。あの人には自分が必要だからって婚約までしたのに、やっぱりダメで」

 はぁ、と吐いた深い息には色んな感情が入り混じっているように思えた。言葉と表情以上の感情が。

「あいつ、浮気されていることも知っていたのに結婚したら変わるかもって思っていたみたいで。俺、絶対に幸せになれないって分かっていたのに、もっと強く、本気で言っていたら、こんなことには」

 彼の身体にグッと力が込められたことが分かった。きっと握りしめた拳はとても固いものになっている。

「俺はあいつの兄貴代わりなのに」

 悔しさと後悔の滲んだ言葉だつた。彼が今、こんなに苦しんでいるのを、彼女は知っているのだろうかとふと考える。

 母親らしき人物に連れ帰られた彼女。下しか見ていない彼女は、彼の悔しい顔を一目でも見たのだろうか。自分のことのように悲しんでいる彼の顔を。

 余裕があるとは言えない、けれど少しでも知ってくれていたらいいなと思う。だって明らかに彼の顔はただの兄のものではなく――

「あいつに、幸せになって欲しいだけなのに」

 落ちた肩から零れた言葉には力が無くて、心の底から出た言葉なんだと思った。

「それじゃぁあなたが幸せにしてあげればいいじゃないですか」なんて言葉、軽々しく口に出来ないな。彼にとって彼女はとても大切な存在なんだろうから。大切な存在なんてありふれた言葉で表すのも躊躇うくらいの。

「どうぞ」

「・・・ありがとうございます」

 本当にこの世は簡単じゃない。

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