ガラス玉
カゲトモ
1ページ
「俺はお前の笑顔が一番好きなんだからさ」
最後にそう言った言葉がとても印象的だった。スーツを纏った男性はどう見ても器用には見えなくて、仕事は出来ても口下手な感じがした。月に何度か店に足を運んでくれるけれど、名前どころか何の仕事をしているのかも知らないし、オーダーと挨拶、それからほんの少しの会話しかした事がないお客様だったから。
そんな男性が今日は初めて女性と一緒に来店した。いつも二杯程度を静かに飲んで帰るのに。
「すみません、残して行ってしまって」
先に帰った女性のグラスを下げるのに声を掛けたら、一度手を伸ばしてすぐに手を下げてそう謝ってくれた。
「とんでもございません。どうぞお気になさらず」
正直残されるのはちょっと悲しいけれど、そうやって気にしてくれる姿勢は嬉しいし。それに彼女、実は飲めるような状況じゃなかったんじゃないの?
「あいつ、泣くといつも周りの事を気にしないところがあるから」
男性はそう言ってつい、と視線を横にずらす。そこにはもうすっかり温度を無くしたスツールがあるだけだ。
「誰も」
「え?」
「誰も、涙を流すほど感情が揺れている時は周りのことを気にする余裕はないと思いますよ」
だから残したって仕方ないんじゃない? 泣いちゃうような時は、それだけに集中させてあげたっていいじゃん。
「普通のことです。だから気にしないで」
そう言うと、彼は目蓋を伏せて小さく頭を下げた。
「・・・ありがとうございます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます