ガラス玉

カゲトモ

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「俺はお前の笑顔が一番好きなんだからさ」

 最後にそう言った言葉がとても印象的だった。スーツを纏った男性はどう見ても器用には見えなくて、仕事は出来ても口下手な感じがした。月に何度か店に足を運んでくれるけれど、名前どころか何の仕事をしているのかも知らないし、オーダーと挨拶、それからほんの少しの会話しかした事がないお客様だったから。

 そんな男性が今日は初めて女性と一緒に来店した。いつも二杯程度を静かに飲んで帰るのに。

「すみません、残して行ってしまって」

 先に帰った女性のグラスを下げるのに声を掛けたら、一度手を伸ばしてすぐに手を下げてそう謝ってくれた。

「とんでもございません。どうぞお気になさらず」

 正直残されるのはちょっと悲しいけれど、そうやって気にしてくれる姿勢は嬉しいし。それに彼女、実は飲めるような状況じゃなかったんじゃないの?

「あいつ、泣くといつも周りの事を気にしないところがあるから」

 男性はそう言ってつい、と視線を横にずらす。そこにはもうすっかり温度を無くしたスツールがあるだけだ。

「誰も」

「え?」

「誰も、涙を流すほど感情が揺れている時は周りのことを気にする余裕はないと思いますよ」

 だから残したって仕方ないんじゃない? 泣いちゃうような時は、それだけに集中させてあげたっていいじゃん。

「普通のことです。だから気にしないで」

 そう言うと、彼は目蓋を伏せて小さく頭を下げた。

「・・・ありがとうございます」

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