もう諦めなくていい

 ――カギか……。


 地下への通路で、ジウは歩を進めながら、シノから預かった首飾りを握り締めた。

 自分とこの首飾りがあれば、外へ出られる。

 カラスにはそう言われた。

 自分がカギだと。

 ジウは、自分がやろうとしていることの重大さを考えると、足が止まってしまいそうなほど怖かった。

 自分達が今からやろうとしているのは、この街に暮らす全ての生命の、世界を一変させるようなことだ。


 何も変わらないことに漠然と不満を抱いていたくせに、いざ大きな変化が起こるとなると怖じ気づく。

 自分が嫌になった。


「ジウ!」

 不意に少し離れた所から、アヤの声がした。

 ジウは我に返って立ち止まり、振り向いた。

 アヤが、肩で息をしているサヨを支えていた。

「ジウ。少し休もう」

「だっ……だいじょうぶ」

 アヤの提案に、サヨは慌てた様子で顔を上げたが、その顔は真っ青で、額に汗が滲んでいた。

「ああ、わりぃ」

 ジウはそう言って、二人の下へ引き返した。


 座るように促すアヤに、サヨが必死な顔で首を横に振った。

「ううん、だいじょうぶ。急ぎましょ」

「俺も疲れたから」

 アヤがそう言って、サヨには解らないように思いきりジウを睨んだ。ジウは、アヤの言いたいことを察して、慌てて「俺も俺も」と言った。

 さすがに白々しいかと思ったが、サヨはきょとんとして、ジウとアヤを交互に見た後、にっこりと微笑んだ。


「ありがとう、ごめんね」


 三人は通路の壁に背をもたれさせて座った。

「腹、減ったな~」

 ジウが呟くと、アヤはサヨを見て「大丈夫か?」と声をかけた。

「サヨは、今までちゃんと食べてたのか?」

「え? あ、ご飯? うん。ジウのお兄さんが持ってきてくれてたから。普通のお料理だったと思うけど」

 見えなかったのだから仕方ないが、自分が食べていたものがどんなものか、サヨは自信なさげだった。

 ジウは、サヨが「守護者」と言わないようにしてくれていることに気付いた。気を遣わせている。少し照れ臭かった。


 ジウは兄の最期を思い出した。

 ジウは、兄が守護者になるのを止められなかった。

 心のどこかで仕方のないことだと思っていた。


「なあ、アヤくん」

 ジウが声をかけると、サヨの向こう側から、アヤが前を見つめたまま「何だ」と答える。

 ジウも、目線を前に戻して続けた。


「俺さあ、兄さんが守護者になるの、止めらんなかったんだよな」

 アヤは、一瞬ジウを顔を覗きこんだ。すぐにまた前に向き直る。

「仕方ないだろ。子供だったんだし。エトランゼの影響ってヤツで、どうしようもなかったろ」

 アヤの声はぶっきらぼうだった。

「今度はさ、俺、ユキのことも止めらんないトコだった」

 ジウは、前を見つめたまま言う。

 サヨが、ジウとアヤの間でそれぞれ振り向きながら、キョロキョロとせわしなく顔を動かしている。


「ガキだったとか、エトランゼとか、そんなんカンケーなくてよ。兄さんのことも、ユキのことも、どっかでどうしようもねえことなんだって思ってたんだよ」


 ジウは俯いた。


「諦めてたんだ」


 サヨがジウを見て、困ったような顔になり、アヤをすがるような目で見た。

 しかし、アヤは前を向いたまま、何も言わなかった。


「諦めるトコだったんだよ。兄さんと同じく、ユキのこと」


「ジウ」

 サヨが弱々しく呟く。しかし、それ以上何と続けていいか解らなかった。


「もう、諦めなくていいだろ」


 アヤが短い沈黙を破った。

 サヨは弾かれたようにアヤを見た。

 アヤはそっぽを向いていて、表情は解らなかった。


「ユキは守護者にはならない。俺たちが全部ぶっ壊すからな」


 サヨがジウの方を見ると、ジウもいつのまにかそっぽを向いていた。


「ああ。そうだよな」


 サヨは、二人ともそっぽを向いているので、困り果てて自分の膝を見つめた。

 そして、小さな両手をぎゅっと握って立ち上がった。


「行こう! もうだいじょうぶだよ!」


 そう叫んで振り向くと、アヤもジウも驚いたような顔をしてサヨを見上げていた。

 二人は、ふっと力が抜けたように微笑んだ。

 サヨが微笑み返すと、二人も立ち上がり、三人はまた歩きだした。

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