月を頂く塔、休息

 カラスの椅子の部屋に戻るなり、ジウはカラスに声を掛けた。

「オイ、戻ったぞ!」

 しかし、カラスの返答は無かった。

 シノがよたよたと管を避けながら、カラスの下へ向かう。


「わっわあ、大変! ね、どうしよう!」


 シノは、カラスの前にしゃがみ込むなり素っ頓狂な声を上げ、両手をばたばたと振った。

 アヤは、シノの様子を見てただ事ではないと思ったようで、サヨをユキに預けると、急いでカラスの様子を見に行った。

 カラスの顔を覗き込むなり顔が強張るアヤを見て、ジウもカラスの下へ向かう。

 カラスはぐったりと項垂れて目を閉じていた。

 シノは涙目になって狼狽えている。

 横ではアヤが「落ち着け」と言いながら、カラスの手首や首筋に触れている。

 アヤは、カラスの鼻と口の前に手をかざしてから大きくため息をついた。


「寝てるだけだ、多分」

「え、本当?」


 そう言うとシノは、目を見開いて軽く跳ね上がった。


「ああ。この人、だいぶ衰弱して見えるし、起きてるだけでも辛そうだ。休む時間もたくさん必要なんじゃないか?」


 休む?

「こんな状態で休めてんのかね」

 ジウがぼそりと言うと、アヤも難しい顔をして「まあな」と答えた。


「俺たちも少し休憩しよう」

 ユキの提案に全員が同意した。


 休憩と言っても、カラスの椅子とそれに繋がれた大量の装置の中では、管の少ない僅かな隙間を見つけて、そこに座ることしかできないのだが。

 円になって座ると学院の屋上のようで、ジウは少しほっとした。

 ただ、いつもと違うのは、シノとアヤの間にサヨがいることだ。


「ねえサヨだよね? 俺らの知ってるサヨでまちがいないよね?」


 シノが早速サヨに声をかけた。サヨは戸惑いながらも「うん」と答えた。


「シノと、アヤのこと、おぼえてる。いっしょにあそんだ……」


 サヨはそこまで言って俯いてしまった。

「サヨちゃん?」

 ユキがそっと、優しい声で言った。


「はじめまして。急に割り込んでごめんね? 俺はユキ。さっき上で君と話してたジウと一緒で、シノとアヤの友達だよ」


 ユキの口調は、まるで幼児に話しかけるような様子だった。

 サヨは、驚いたように肩をすくめたものの、シノとアヤの友達と聞くと少しだけ力を抜いて、消え入りそうな声で「はじめまして」と言った。 


「サヨ。何があったんだ? 小さい頃から、ずっとこの塔にいたのか?」


 今度はアヤが聞いた。

 サヨはふわりとアヤのいる方向に顔を向けた。

 サヨの顔を間近で正面から見たアヤは、なぜか肩に力が入り、硬直した。


「うん。なつかしいな。シノと、アヤと、他にも何人もお友達がいて、みんなで硝子森でかくれんぼをして遊んだでしょう? その時、砂嵐の中に何かが見えた気がして、私、砂嵐の中に入ってしまって」

「あ、俺らと一緒だ!」


 シノが大きな声で言ったので、ジウは静かにするよう目配せした。シノは不満そうに唇を尖らせたが、ジウが寝ているであろうカラスの方を目で示すと、はっとして口元を抑えた。


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