梟の記憶2

 マウナと呼ばれた騎士は、ジュナの声に驚いたように振り向いたが、すぐに姿勢を正した。


「は。月光塔げっこうとう近くの木の上に、怪しい影が見えましたので、念のため様子を見に行くところです」


 月光塔とは、王や姫の寝室がある塔だ。本当ならばただ事ではあるまい。


「何? 近くとはどの辺りだ?」

「姫様のお部屋の辺りかと」


 マウナの返答を聞いて、ジュナの顔付きが変わる。

 ジュナにとって「姫様」より大切なものはないのだ。


「こんな月もない夜に、塔の近くの木に潜む影が見えたのかい?」


 思わず博士が問うと、ジュナが素早く説明した。

「いえ、この者は医療魔術に優れたアルハ家の者です。己の目に、視力を強化する魔術を施しております。この者が見たと言うのならば、用心した方が良いでしょう」


「なんと、アルハ家の」

 博士が感心していると、マウナと呼ばれたアルハ家の騎士が「隊長もご同行願えますか」とジュナに言った。ジュナは頷き、二人はそろって駆けだした。


 博士は、二人に「くれぐれも気をつけて」と声をかけ、後ろから早足で歩いて追いかけた。

 自分も一緒に走りだしたのでは、二人に気を遣わせて、到着が遅くなるかもしれないと思ったのだ。

 案の定、二人の背中はすぐに見えなくなった。


 塔は五階建て、姫の居室は最上階だ。

 年齢を重ねた博士の足では、二人の若き騎士のように駆け上がれない。

 博士が五階に着くと、二人が姫に扉越しに声をかけているところだった。


「姫様! 扉を開けていただけませんか?」


 ジュナは必死だった。


「中を見るのは、私だけにいたします」


 ドアの両側には、ジュナと同じ女性騎士が二人、槍を持って立っていた。

 中から姫の声が聞こえる。


「けれど、殿方もいらっしゃるのでしょう。声がいたしましたわ。もう夜着ですもの。恥ずかしいわ」


 博士は、姫の声の様子から、何事もなかったように思えた。だが、ジュナは食い下がる。


「念のため、室内を確認させていただきたいのです。このマウナならば、階下へ下ろします。私一人で中を確認いたしますから」


 マウナは、ジュナと顔を合わせ頷くと、姫に向かって「失礼いたしました、姫様。私は下がります」と言い、博士の方へ駆けてきた。

 これは自分も下の階へ行かねばならぬかと博士が思った時、すぐ横の扉が開いた。

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