梟の記憶1

 王城の地下。

 アータ博士は、自分が造った魔法具「天球儀」を憂鬱な気分で眺めていた。


「こんなものを、造らなければならないなど」


 ため息まじりに呟くと、隣に立っていた姫の親衛隊長が悲しげに「アータ様」と言った。


 小柄な身体に金髪、長いまつ毛、大きな瞳。鎧さえ着ていなければ年頃の美しい娘にしか見えないこの女性が、今、ここ王都にいる騎士の中で最強の戦士だと、時折忘れてしまいそうになる。


 博士はまた一つため息をつきそうになったのを堪えて、笑顔を作った。


「やぁすまない。私がこんなことでは、民が不安になるだけだな」


 博士、レン・アータは、爬虫類じみたライトグリーンの瞳を揺らして微笑んだ。

 ゆるくウェーブのかかった黒髪に、時々白髪が混ざるようになってきた。妻からは「まだお若いのに、ご心労が多いのですね」と心配されている。


 隣に立つ、姫の親衛隊隊長ジュナは、戦場の最前線である砦に立ち、城を空けている国王からの密書を受け取り、アータ博士の元へとやってきたのだった。


「この天球儀を使い、計画を発動させれば、王都にいる者達は一時的には戦禍を逃れることができよう。だが、外にいる者達は……」


 博士は笑顔を消して、そう言った。


「外にいる者たちは、中に入ることはできないのですか? 絶対に?」


 ジュナが遠慮がちに聞くと、博士は俯いて「ああ」と答えた。


「外からは絶対に開かない構造なのだ。外部から敵が入ってきてしまったのでは意味がないからね」

「ならば、王も……」

 ジュナはそう言ったきり、難しい顔をして押し黙った。

 ジュナの言いたいことはよく解ったが、それ以上を口に出すことは、博士にも出来なかった。


「ひとまず、上に戻ろう」

 博士はそう言うと、魔法円の描かれた布をそっと天球儀にかけた。この布には魔術がかけてあって、博士と博士が許した者以外が触れると攻撃魔法が発動するようになっている。


 二人は無言のまま地下を出た。

 国王からの書状は良い報せではなかった。

 最悪だ――と博士は思っていた。

 これだけは避けたいと思っていた最悪の事態。

 博士が想定し得る結果の中で最悪の終わりへと、この大陸は向かおうとしている。


 もう止められないのかと思う。

 何とか止めなくてはならないのだ。決して諦めてはいけないことなのだ。

 だがこの疲弊しきった王国では、状況を一変させるだけの行動を起こすことなど、できるわけもない。


 そんな苦悩を抱えて階段を登りきると、一人の年若い騎士がホールを走っていた。

 博士が何かあったのかと思うと同時、ジュナが鋭い声でその騎士を呼び止めた。


「マウナ! どうした、何かあったのか」


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