書庫

 振り向くと、執事が立っていた。相変わらず、感情など端から持ち合わせていないような顔でこちらを見ている。

 この執事は、当然ながらジウの執事という訳ではない。ジウの両親に仕えているのだ。

 両親からの命で、自分を監視している者。ジウにとっては、それだけの存在だった。

「いちいち待ってなくていいって」

 暗い声で呟いて、足早に屋敷に入ろうとして、ジウははたと思い付き、執事に向き直った。

「なあ、書庫の鍵、貸してくれよ」

「は?」

 執事がきょとんとした。ジウの口から書庫という言葉が出てくるなど、思いもしなかったのだろう。

 自分が本を読むわけがないと思われているのかと考えると癪だったが、普段、一貫して無表情なこの執事を驚かせてやったことは嬉しかった。

「読書感想文、提出すんの」

 とりあえず、そんな心の内を見せないよう、可能な限りムッとした顔を作って、ジウは言った。

 執事は「かしこまりました」と言って、ジウの為に玄関の扉を開き、ジウが室内に入るのを見届けてから、自分も入った。

 そして「失礼します」と馬鹿丁寧に頭を下げて、その場を去った。

 ジウが自室に戻り、鞄を適当に放ったところに、執事が書庫の鍵を持って来た。ジウは「集中したいから」と、夕飯の時間まで一人にするよう釘を刺し、書庫に向かった。

 ジウの家の書庫は、住まいとは別棟にある。高めの天井の平屋で、なかには、まるで図書館のように大量の本がびっしり詰まった書架がズラリと並んでいる。

 ジウがここに入ったのは、幼い頃、長兄と隠れ鬼をして遊んだときに、忍び込んで以来だった。

 あの時、転んで棚にぶつかって足をくじいたうえに、落ちてきた本に埋まって大泣きしたのだ。跡継ぎとして育てられていたジウが怪我をしたことで、この棟には常時、鍵をかけることとなったのだ。

 全く過保護なことだとジウは思う。

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