第122話 がんばるにゃ!

「フェイも連れていって欲しいにゃ! 足手まといにはならにゃいからお願いしますにゃ!」


 日竜からカースドラゴンが生まれた原因を聞いたリンは昨日の話し合いの後、真っ先に獣人達を訪ね事情を伝えていた。


 なにしろ少なからず獣人達に被害が出ているのだ。

 死んだ者も少なくない。


 その原因をつくったのがリンとルナの二人である以上、知らなかったでは済まない。

 きちんと話しておくべきだと考えたからだった。


 恨まれて当然——


 リンはそう考えていた。


 だが、獣人達の反応はそんなリンの予想とはまるで違った。


「理由はどうあれ、同胞が死んだのは我々が弱かったからですじゃ、それが自然の掟—— 領主様に責任はありませぬ」


 シャンはそう言った。


 リンは救われた反面、心苦しさも感じた。

 そんな後ろめたさを感じているところにフェイがカースドラゴン討伐に同行したいと言い始めたのだ。


 正直、連れて行きたくはない。


 足手まといにならないと言われても危険が及べば助けるし、見殺しなど絶対に出来ない。


 どう返事をしたらいいか考えあぐねていたのだが——


「アイツはパパとママの仇にゃ! 牙一つ、爪痕一つでも残したいのにゃ!」


 悩むリンの眉がピクリと動く——


「……分かった」


 リンの一言に仲間達は驚きの表情を浮かべる。

 唯一、ユーリだけは複雑そうな表情を浮かべていた。


「ありがとうございますにゃ! フェイはスピードには自信があるにゃ! 囮でもなんでもするにゃ!」

「ありがとうございます、無茶を言って申し訳ありません」


 こうして、総勢六人と一匹でカースドラゴン討伐へと向かう事になった。


 —————


 ルフィアを発ってすぐ、オーグはリンに声をかけた。


「なぁダンナ、なんであの獣人の嬢ちゃんを連れてきたんだ?」


 オーグは長年の経験からフェイの実力は検討がついていた。

 決して弱くはない。

 ある程度なら魔物相手でも問題はないだろう。


 だが、今回は相手が相手だ。

 実際見てみない事にはなんとも言えないが、フェイは自分たち6人の中でも一つ格が下だろう。


 普通なら絶対に連れて来ない。


「……仇を討ちたいなんて言われちゃな」


「……ひょっとしてダンナも——」


 オーグはそこまで言いかけてやめた。

 リンが何か抱えているのは一目見た時から気が付いていた。


 だが、本人がなにも語らない以上突っ込んで聞くものじゃない。

 そう、オーグは思ったのだ。


「……いや、まぁ俺たちが守ってやればいいだけの話だからな! それよりどうやら近いみたいだぜ?」


 オーグの言葉通りなのだろう、気がつくと前を飛ぶ日竜に合わせてルナが降下を始めていた。

 なにも言わないがアリスも気がついているのだろう、明らかに緊張が伝わってくる。


「大丈夫か?」


 リンがそう声をかけるとアリスははっきりと頷いた。


「はい」


 緊張はしているものの、悪い方向ではなさそうで安堵する。


 そうこうしている内にルナと日竜は周囲一面緑に囲まれた深い森に降り立った。

 周囲に危険な気配は感じない。


「さて、ここからは歩いて移動してもらうよ? これ以上この姿で近づいたら気がつかれるからね」


 赤みがかった金色の鱗とルナより一回り大きい体躯——

 それが日竜の竜としての本来の姿だ。


 ルナの事を知っているリンやアリスはさほど驚かなかったが、ほかの者たちはその迫力に驚いていた。

 特になにも知らないフェイなど悲鳴を上げていた程だ。


「あと言っておいた通り僕はあくまで見届ける為についてきただけだから手伝いはしないよ? 頑張ってね」


 そう言うと日竜は一瞬で鳥に姿を変える飛び去っていった。


「え? 行っちゃったよ? 例のドラゴンがいる場所とか教えてくれないの?」


 ユーリは若干不満そうだが、恐らくそう遠くない場所にいるのだろう。

 それに口ではああ言っているが、ここまでの移動に協力してくれたり、安全な場所に降り立ったりとなんだかんだ気遣いを見せてくれていとリンは感じていた。


「いいさ、それに日竜は街からカースドラゴンに真っ直ぐ向かってくれたみたいだからな」


 リンはマップを確認してそう言った。


「……ホンットに素直じゃないんだから」


 ルナがボソリとそう呟く。

 その呟きにリンは小さく笑みを浮かべた。


「なによ?」


「いや、素直じゃない辺りがそっくりだな、と思っただけだよ」


 リンの言葉にルナがあからさまに嫌そうな表情になる。


「冗談じゃないわよ、あんな捻くれたヤツと一緒にしないでよね」


 そういうところが素直じゃないと思うリンなのだが、これ以上余計な事を言う事も無いだろうと肩をすくめるだけにしておく。


「そろそろお喋りは終わりにしませんこと?」


「同感だな、さっさと終わらせて明るいうちに街に戻ろうぜ」


 ステファニアとオーグの言葉に全員が小さく頷く。


「そうだな、カースドラゴンとはまだ距離があるが予定通りの隊列で進むぞ」


 前衛にリンとオーグ、その後ろにステファニアとアリス、そして殿をユーリとルナが担う。


「にゃ? フェイはどうするにゃ?」


「ん? そうだな、ならユーリ達と一緒で後ろについてくれ」


「了解にゃ!」


 フェイは相変わらずニコニコと明るい表情を崩さない。

 これから親の仇と一戦交えると言うのに緊張している様子はまるで見られない。


「念の為言っておくが、無理はするなよ? ヤバいと思ったら逃げる事も大切だからな?」


「分かってるにゃ、邪魔にだけはならないようにするから安心していいにゃ」


 本当に分かってるのか心配だったが、本人がこういっている為、それ以上言うことはしない。


 そのまま周囲を警戒しつつ、移動を開始する。

 森の中は静まりかえっており、生き物の気配が感じられなかった。


「……静かすぎるぜ、ターゲットまでまだだいぶ距離あるんだろ?」


「ああ、このペースだと30分くらい移動する事になるな」


「それでこの状態か……」


 まだ気配すら感じない距離で動物も魔物すら逃げ出すのだ。

 分かってはいたが、やはり相当ヤバい相手という事実に全員が緊張を強める。


「……気を張りすぎるのも良くないな」


 まだ充分距離が離れてる今のうちに作戦を再確認しておく事にした。


「予定通り、カースドラゴンを見つけたらまずは不意打ちを試みるぞ」


「ええ、ただ浄化魔法発動まで気がつかれないと言うのはまずあり得ませんわ」


「気がつかれたら私たちで撹乱して時間稼ぎだよね?」


「ああ、俺とダンナで接近戦を、ユーリ嬢ちゃん達は遠方から、ルナは奴が飛ばないように上から牽制、ステフィは姫さまを守る。 んで終わってくれりゃ言う事なしだな」


「そんな簡単に終わればいいわね……」


「にゃー、フェイはどうすればいいにゃ?」


「ん? ああ、そうだな……」


 飛び入り参加のフェイは役目がはっきりしていない。

 魔法や遠距離攻撃が出来るならユーリ達と同じで構わないのだが——


「フェイは遠くから攻撃出来ないにゃ」


「だよな……なら俺とオーグと同じ役目だ」


 出来る事なら危険な役目を与えたくはなかったが、危険を承知でついてきたのだ。

 ならば、やはり戦いに参加させる事にした。


「あんま無理すんなよ? 俺とダンナで出来るだけフォローするが、テメェの命はテメェで守れ、場合によっちゃ仲間を危険に晒す事になるからな」


「分かってるにゃ! でもフェイの事は気にしなくていいにゃ、無理言ってついてきたにゃ、覚悟出来てるにゃ」


「それが出来ねぇ連中ばっかりなんだよ! だから言ってんだ」


 オーグの言葉にフェイが目を丸くする。

 まさかそんな事を言われるとは思っていなかったようだ。


 そして少し間を置いて口を開いた。


「わ、分かったにゃ……無理だと思ったら逃げるようにするにゃ……迷惑かけてごめんなさいにゃ」


 シュンとなり、頭の上の耳もぺたんと潰れてしまった。

 誰の目にも落ち込んでいるのが分かる。


 だが、オーグの言っている事は間違ってないので、どうフォローしたらいいか悩ましく、なんと声を掛けたら良いかわからない。


「デリカシーの無い男ですわね、もう少し優しく言って差し上げればよろしいのではなくて?」


「な、なんで俺が怒られるんだよ」


「まぁまぁいいんじゃないかな? ここまで来たんだし、みんなで協力し合おうよ! ね、リン!」


「あ、ああ、そうだな。 フェイも自分の事は気にしなくていいとか言わないで自分を大切にするんだぞ? オーグは口が悪いから勘違いしやすいが、要するにそういう事が言いたかったんだと思うぞ」


「分かったにゃ! 無理せず頑張るにゃ!」


 フェイが再び満面の笑みを浮かべる。


(やれやれ、素直な奴だな)

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