第119話 カースドラゴン
リンはルフィアを暮らしやすい街にするべく改革を進めてきた。
特に平民を中心に安心して暮らせる仕組みを考え、子どもには無償で読み書きや算術が学べる環境の準備を進めている。
参考にしたのは故郷である日本の仕組みだ。
全てを取り入れるの不可能だろうが、それでも今より遥かに安心して暮らせる街を目指している。
その甲斐あって領民の評判は非常に良い。
逆に一部の貴族はかなり不満に思っているようだ。
と言っても貴族の本来の収入はなんら変化していない。
変化したのはそれ以外の収入源だ。
割愛するが、まぁ色々と悪どい方法で財をかき集めていたようだ。
そんな感じで改革が進んだ結果、大きな問題が発生した。
ルフィアへの移住希望者が激増したのだ。
だが、ルフィアが王都に次いで大きな街とは言え受け入れには限界がある。
そして移住希望者はその限界を超えていたのだ。
しかし『住む場所が無いから受け入れられません』というのは長期的なスパンで考えるとあまりにも勿体ないと言う。
そこでセーラはとんでもなく壮大な計画を提案してきたのだ。
「街の外壁を外に広げて居住可能な空間を大きく広げます」
当然だが簡単な話ではない。
今ある外壁を取り壊し、新たに作り直さなければならない。
普通なら膨大な資金と人手が必要になる。
だが、外壁の材料になる物はステファニアが魔導具で作り出せると言い、更に人手に関してもむしろ働き口が用意出来るので好都合なのだそうだ。
「と、言う訳だ。 こちらは住む場所と仕事を提供する、そちらは労働力を提供してくれないか?」
報告によれば獣人達は百名を超えている。
女子供を除いてもそれだけの労働力を一度に得られるのだ。
彼らが現れる前には方々の冒険者ギルドや一般の斡旋所を介して人手を募集していたが、それでもある程度の人数を確保するにも相当な時間を要する見込みだった。
リンからしてみればむしろ降って湧いた幸運と言える。
「そ、それは大変ありがたい話じゃがーー」
シャンは仲間と相談して決めたいので時間が欲しいとのことだったので一旦その場は解散する事となった。
ーーーーーー
シャン達が仲間達と相談する為に屋敷を出た後、リン達は今後の相談の為そのまま応接室で会議となった。
会議と言っても獣人の件はリンの考えをそのまま採用する方向で進む。
反対する理由があまりないのもそうだが、言い出したら反対するだけ無駄だと半ば諦めているというのがリンを除く全員の考えだった。
とは言え、決まった以上やるべき事はやらなければならない。
当面の宿の手配、着工時期や日程の調整などやる事は少なくない。
なにより、獣人達の集落を襲ったと言う黒いドラゴンも放置しておくわけにはいかなかった。
ドラゴンは基本的に群で暮らし、あまり縄張りから離れないそうだ。
今回も運悪く餌を求めていたドラゴンに襲われた可能性が高い。
だが、シンには気がかりな事があった。
「彼らは黒きドラゴンに襲われたと言っておりました。 もしそのドラゴンがカースドラゴンだとしたら事態は急を要するやも知れませんな」
一口にドラゴンと言ってもその種類は複数存在する。
その中でも特殊な個体ーー
それがカースドラゴンと呼ばれる黒いドラゴンなのだという。
ドラゴンの種類を問わず極稀に生まれ、群れに対して仲間意識など持たず、時には女王にすら襲いかかる獰猛さを持つ。
縄張り意識も無く己以外全ての生き物に襲いかかる。
カースという名前の通り生まれた時から呪いをその身に宿しており、通常のドラゴンより遥かに短命で数も極めて少ない事からその危険性に対して被害は少ないそうだ。
だが、万が一人里に現れれば甚大な被害をもたらすのだそうだ。
「この街は結界がありますからそうそう被害は出ませんけれど、商人や旅人は危険ですわね」
「それにルフィアを超え、王都に現れれば大変な被害が出るやも知れません。 早急に対策が必要です」
ステファニアとシンの言った事が現実になれば冗談では済まされない。
リンはすぐに王都へ知らせを出す事にした。
だが、それはあくまで万が一に備える為でしかない。
対応策は必要だが解決策も別途考える必要がある。
「その黒いドラゴンがカースドラゴンだとして、短命って実際どのくらいの期間生きてるもんなんだ?」
獣人の集落を襲った時点でどのぐらい生きているのか分からないが、自然に死ぬのを待つという方法もあるかもしれないと思ったのだがーー
「残念ながら分かりかねます。 そもそもが殆ど目撃されておらず、私自身一度だけ冒険者時代に存在を耳にしましたが、数ヶ月は被害が報告されておりました。 伝承などもありましょうが、当てには出来ませぬな」
正確な事は分からない。
それに少なくとも数ヶ月生きる可能性が有ればこれから迎える冬の間は襲ってくる危険があるという事だ。
「ねぇ、まずはその黒いドラゴンがカースドラゴンかはっきりさせない?」
ユーリの言葉にシンも頷いた。
「確かにそれが早いでしょう。 まずは直接見ている獣人族の方に改めて伺い、それではっきりしないようでしたらーー」
「そんな必要ないよ、ね、リン?」
一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、ユーリの顔が呆れたものに変わりハッとする。
「あ!」
「……その反応、まさか忘れてたんですか?」
セーラの冷たい視線を避けつつ、リンは無言で意識を集中する。
「ーーいたぞ、間違いないカースドラゴンってヤツだな」
「一応言っておくと誤魔化したつもりかもしれないけど、全然誤魔化せてないからね」
ユーリの嫌味を聞き流しつつ、リンは努めて真面目なトーンで言葉を続ける。
「しかも街に近づいてるな、シャン達の集落がどこにあったのかは分からんが、ドラゴンの平原よりずっとルフィア寄りにいる。 こりゃ悠長に構えてる場合じゃなさそうだ」
確かにルフィアは結界に守られているが、カースドラゴンの存在が商人達の間で噂になれば物流に影響が出るのは避けられない。
「カースドラゴンが相手となれば並大抵の戦力ではお話になりませんわよ? この場で対抗出来るとしたらーー」
ステファニアはぐるっと視線を巡らせる。
「……リンとシン、後はわたくしぐらいですわ」
その言葉にリンはギョッとする。
その話が本当ならカースドラゴンの強さは半端なものではない。
この部屋にはユーリやライズ、オーグもいるのだ。
「ふむ、ステファニア様はカースドラゴンの強さをご存知なのですか?」
シンの質問はもっともだ。
カースドラゴンの強さを正確に理解していなければそんな言葉は出てこないはずだ。
「ええ、一度実際に戦いましたわ。 個体差はあると聞きますが、それでもユーリ達には厳しい相手ですわね」
「ならーー」
『俺が行く』そう言おうとしたリンの言葉をステファニアが遮る。
「あくまで一人では、というお話ですわ。 危険には違いありますけれど、少数精鋭で挑む方が確実ですわよ」
ステファニアの言う事はもっともだが、リンとしてはわざわざユーリ達を危険には晒したくない。
だが、既にユーリやオーグはやる気満々と言った表情だ。
ここでそんな事を言えばまた色々言われるのは目にみえている。
「……無茶はなしだぞ?」
「それはこっちのセリフだよ!」
「悪りぃが無茶しない戦いなんざぁ面白くねぇぜ?」
ユーリとオーグの言葉にリンは思わず肩を竦める。
本気で連れて行っていいのか悩むリンだった。
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