第118話 獣人と黒いドラゴン
屋敷の応接室ーー
リンとクリスを始めユーリやセーラなどまだ王都から戻っていないアリスとルナを除く、屋敷の面々が集まっていた。
理由はリンの目の前に座る三人から直接話を聞く為だった。
「儂はシャン、群の長を任されておりますじゃ。 同行させましたのが双子の姉妹で、右の者がフェイ左がレースと申しますじゃ」
「フェイにゃ!」
「レースです」
三人はそれぞれ名乗ると深々と頭を下げる。
シャンと名乗った老人とレースと言う女の子は少し緊張気味なのか固い印象を受けたのだが、フェイと名乗る女の子はニコニコと笑顔を浮かべていた。
なにより目を引いたのがフェイの頭の上でピコピコと動くそれーー
まごうことなき動物の耳だ。
獣人と呼ばれる種族ーー
リンも街中で見かけた事はある。
だが、こうして間近で見る機会はなかったのでつい凝視してしまった。
パッと見はヒュームと変わらない。
「にゃ?」
リンの視線に気が付いたのかフェイが首を傾げる。
そこでリンはようやく自分のしていた事に気がつき、慌てて口を開いた。
「す、すまない。 俺はリン、このルフィアの領主を任されている。 話は騎士団から簡単に聞いているが、詳しく聞かせてもらえるか?」
「は、はい……儂達はこの街から南に2日ほど移動した森の小さな集落で暮らしておりましたーー」
獣人はその多くが自然の中に集落を作り、自給自足の生活をする事が多い。
中には街で生活をする者や、冒険者として活動する者もいるそうだが、あまり多くは無い。
その理由は獣人とヒュームは昔からあまり友好とは言えないからだ。
もっとも、敵対している訳ではない。
問題はヒュームの方にある。
長い間、ヒュームは獣人を利用してきた。
安い賃金で使い捨ての様に働かせるのはまだ良い方で、大抵は強制的に奴隷として物の様に扱ってきたのだ。
奴隷に関する法律は獣人には適用されない。
故にそれがまかり通ってしまうのだ。
そんな背景がある為、獣人はヒュームと距離を取るのが普通なのだ。
では何故そんな彼らがこうしてヒュームが多く住むルフィアを訪れたのか。
「突如現れた黒いドラゴンに集落が襲われ、多くの仲間が奴に食われました。 集落も壊滅……冬支度で集めていた食料も全て失い、儂等はなにもかも失ったのじゃ」
ドラゴンに食われたーー
シャンの言葉にリンは嫌な汗が背中を流れた。
生きたままその身を貪られる痛みと恐怖がフラッシュバックする。
「領主様顔色が悪いにゃ、大丈夫かにゃ?」
リンの様子がおかしい事に気がついたのかフェイが心配そうにリンの顔を覗き込んだ。
フェイの顔が目の前に迫る。
金と青の左右色の異なる大きな瞳ーー
キラキラと光を反射するショートカットの銀髪ーー
無邪気さがそう見せるのか少し幼さを感じさせるが、美少女と言っても過言ではないだろう。
「フ、フェイ! 大変申し訳ありません! ちょっと頭の出来がアレな子で! 決して悪気は無いんです! どうか平に! 貴女も頭を下げなさい!」
「フニャ!!」
レースは顔を青くしてフェイの頭を掴むと、そのままフェイを顔から思い切りテーブルに叩きつける。
『ゴンッ!』という豪快な音を立て二人が頭を下げる。
「え? あ、ああ大丈夫だ、気にしてない」
リンは軽く頭を振って気分を落ち着ける。
リンとしてはあまり畏まらなくていいと言いたいのだが、それを言うと後々シンやセーラに怒られるのでグッと飲み込む。
「話を戻そう、騎士団から聞いた話だとシャン達は近くの森で生活する事を許して欲しいと聞いてるが間違いなかったか?」
「はい、この辺りがルフィア領なのは重々承知の上でお願いしたいのですじゃ。 季節はまもなく冬、群れには女子供も多くこのままではいずれ全滅いたします。 ですのでどうかお慈悲を頂きたくこうしてお願いに参りました」
シャンの言葉にリンはしばし思案する。
と言っても別段近隣の森で生活する事を咎めるつもりはない。
「まぁ森に住みたいって件はわかった。 だが、それだけじゃないんだろ? でなきゃわざわざルフィアの領地、それもこんな近くまで来る必要はないはずだからな」
黒いドラゴンから逃げてきたとは言え、恐らく真っ直ぐこのルフィアを目指したのだ。
その気になれば手の入ってない森は無数にある。
いくら好戦的で獰猛な魔物が多いとは言え、元々そういった環境で生活していたのだ。
そういった理由ではないはずだった。
「お察しの通りですじゃ……儂等がこの街を真っ直ぐ目指し、領主様にお伺いを立てに参ったのは他に理由がありますじゃ」
シャンはそう言って深々と頭を下げる。
「一つは黒きドラゴンに襲われ怪我を負った者の治療、もう一つは冬を越すための食料じゃ……無論、対価はお支払い致しますじゃ」
その言葉にフェイとレースが立ち上がるとシャンと同じ様に深々と頭を下げた。
「私達を奴隷として買い取って頂きたいのです」
「どんなことでも頑張るにゃ、お願いしますですにゃ」
ああ、そう言うことかとリンは思わず顔を覆った。
むしろやっぱりそう言う事かとすら思った程だ。
群の長が連れて来ている以上何かしら意味があるとは思っていたのだ。
そしてその申し出に関しては既に答えを用意している。
「悪いがそれは断る」
まさか即答で断られるとは思わなかったのか、頭を下げていた三人が慌てて顔を上げた。
その顔は絶望に染まっている。
だがそれも無理のない話だった。
ドラゴンの襲撃で多くの仲間を失い、生き残った者も怪我でまともに動けない。
群の移動中も魔物に襲われ、戦える者は殆どが満身創痍だった。
ここでリンに断られる事は実質彼らにとって死刑宣告に等しかった。
「ど、どうかお願い致しますじゃ! このままではーー」
「お願い致します!」
「お願いにゃ!」
当然、彼らは必死に食らい付いてくる。
ここで諦めれば仲間達は全滅するのだから当たり前だ。
「落ち着け、俺が言ってるのは二人を奴隷として買い取るのを断ると言ったんだ。 だが、見捨てるとは言っていない」
リンの言葉に三人の表情が期待と不安の入り混じったものになる。
そんな三人が居た堪れなくなったのか、ユーリが明るい声で三人に声をかけた。
「大丈夫だよ、うちの領主様は底抜けのお人好しだから! なんなら頼まなくたって勝手に助けちゃうと思うよ」
ユーリの言葉が余りにも予想外過ぎたのか、三人は意味が理解出来ていない様だった。
「おいユーリ……お人好しってなんだよ」
「だってそうでしょ? 大体リンは勿体ぶりすぎ! どうせ助けてあげる気なんだから初めからそう言ってあげなよ」
「ふふ……そうですね、今回も報告に上がった時点で獣人の方達の治療を命じられましたし、それくらいは最初からお伝えして差し上げても良かったのではないですか?」
「「「え?!」」」
キョトンとしていたシャン達が同時に驚きの声を上げた。
「全くもって困った人です。 領主としてお人好し過ぎなのは褒められたものじゃありません」
続けてセーラがため息混じりにそうこぼすと「まぁリン様ですからね」とライズも苦笑いを浮かべた。
「ま、まぁそういう訳だ。 既に騎士団の治癒魔導士達が怪我をしている獣人達の治療に当たってる。 重傷者に関しては面倒を見る様伝えてるからその点も心配ないと思うぞ」
リンはそう言うと「別に勿体ぶったつもりはないんだぞ?」と付け加えた。
「な、何故そのような事を?」
シャンは理解できないと言った様子でリンにそう尋ねた。
ヒュームの中にも獣人に友好的な者がいるのは理解している。
だが、それでも事情も聞かずに助けてくれる様な者がいるなど到底信じられなかった。
今回も最悪の場合こちらの話など聞いてもらえず、全員捕らえられる可能性も覚悟していた。
ヒュームに助けを求める事に反対する群の仲間もいたのだ。
それでも可能性に賭ける以外彼らには選択肢が無かったのだ。
「クリスから獣人達が助けを求めてるって聞いたからな。 怪我人も大勢で子供もいるって聞いたら放っておくわけにもいかないだろ?」
リンの言葉にシャン達は言葉を失った。
だが、リンはそんな事もお構いなしに言葉を続ける。
「それと、食料の件も含めてそっちがよかったら全員一時的にでもこの街に住まないか? まぁ流石に条件はあるがな」
余りにも予想外の提案にいよいよシャン達は開いた口が塞がらなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます