第112話 もう一人

 ドールでの一件にひと段落つけ、数日ぶりにルフィアへ戻ったリンだったが、ライズからの報告を受けていた。


「そうか、やっぱり手を出してきたか」


「はい、ですがシン殿のおかげで大事には至りませんでした」


 50人もの襲撃者を単身で殲滅とは流石としか言いようがなかった。


「リーダー格の男から情報を引き出しましたが、得られるものはありませんでした」


「あの男はなんらかの魔術の影響で正常な判断力を奪われておりました。 故に生かしておきましたが、後のことはリン様にお任せいたします」


 任せられてもどうしたらいいか分からないリンだが、国の法律に照らし合わせれば、死罪が妥当だと言う。

 リーダー格以外を問答無用で殺したのもそう言った理由からだ。


「一度話してみると良いでしょう。 あの男は本来、女子供を殺す男ではありませんのでな」


 シンにそう言われ、リンはとりあえずそのリーダー格の男と話をしてみる事にした。


 ーーーー


 男は屋敷の一室に軟禁されていた。

 一応、鍵を掛けているそうだが、その気になれば簡単に逃げ出せそうなものだ。


 だが、男は部屋の中で大人しくしていた。


「よお爺さん、俺はいつまでここにいればいい? こちとら覚悟は出来てんだ、さっさとやってくれて構わねぇぜ?」


 短く刈られた黒髪の男で、大きく屈強な肉体は歴戦の傷痕がいくつも刻まれている。

 一目で相当な実力者である事が理解できる。


「ん? おめぇさんが噂の英雄様かい……ふん、気にいらねぇな」


 初対面の上に、領主であるリンに対してまるで遠慮の無い物言いにリンは若干面食らう。


「初対面で随分な物言いだな?」


「貴族様に失礼だったか?」


「別に貴族を気取るつもりはないけどな」


「なら気にすんなよ、それに気にいらねぇのはそっちの爺さんの事だ」


 意味が分からず首を傾げるリンに、男は薄い笑みを浮かべた。


「おい爺さん、気が変わった。 例の話受けさせて貰うぜ」


「ふむ、思ったよりあっさり決めましたな?」


「俺は自分の直感を信じる事にしてんだよ」


 話してる内容が全く理解出来ず完全に置いてけぼりのリンに男が真剣な表情を浮かべ問いかけてきた。


「俺は貴族って奴が大嫌いだ、憎んでいると言ってもいい。 権力を振りかざしてやりたい放題、平民の命なんざゴミ同然に扱いやがる」


 男の目に憎悪の炎が揺らめいているのに気がつく。

 この男が貴族に何かを奪われた事は察しがついた。


「今回だって同じだ、姫さまを拐ってガキは皆殺しにしろだとよ、貴族ってのはそんな連中ばかりだ」


「そうじゃない人も大勢いるさ」


 リン自身は少なくともそうありたいと思うし、弱い人を少しでも多く助けたいと思っている。


「ならアンタがそれを証明してくれや」


 男が大きな右手を差し出してきた。

 思わず握り返す。


「そいやぁまだ名乗って無かったな、俺はオーグ、まあよろしく頼むわ!」


「は?」


 よろしく頼むの意味が分からず思わずそんな言葉が口から漏れる。


「なんだ? 聞いてねぇのか? 俺は死罪かアンタに仕えるか選ぶ様言われてたんだがな?」


「ちょっと待て、聞いてないぞ!?」


 慌てて振り返ると、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべるシンーー


「オーグはこれで中々腕が立ちます、私も歳ですから諸々の荒ごとを任せるには適任でしょう。 まぁリン様が納得出来ないと言うのでしたらこの話はなかった事になりますから、オーグには大人しく首を括って貰いましょう」


「実質、選択肢はないんだな……はぁ、分かったよ。 とりあえずよろしく頼む」


 リンは握ったオーグの手を強く握った。


 ーーーー


「つぅ訳だ、今回の依頼、俺は最初ハッキリ断ったんだが、気がついたらこの屋敷を襲う事になってた。 そこに至る部分は正直よく覚えちゃいねぇ……一つだけ覚えてんのは貴族は皆殺しにしなきゃいけねぇ、って強い憎悪だけだ」


「恐らく、オーグの貴族を憎む心を増幅し、判断力を鈍らせる呪術を掛けられたのでしょう。 闇魔法に長けた者に違いないでしょうな」


「そうですわね、確かに闇魔法なら可能ですわ。 ただ、闇魔法に長けた者では無く、相当に長けた者と訂正させていただきますわ」


 オーグとシンの話から呪術が絡んでいると聞いたリンは、その手の知識が一番豊富であろうステファニアに助言を求めていた。


「うーん……正直俺は魔法に関して素人同然だからステファニアの言う事を信じるしかないが、それにしたって他の可能性は無いのか? なんか妙な薬とかーー」


「そういった薬が無いとは言いませんが、今回は間違いありませんわ、その男から微かに闇魔法の残滓を感じますし、嘘は言って無いと思いますわよ?」


 そこまで断言するのであれば納得するしかない。


「でもシンはよく分かったわね、コイツが操られてるって」


「この者の事は何度か耳にした事がありましたからな。 少なくとも子どもを手にかけるタイプの男では無いと判断しました」


「つかなんでルナまでいるんだ?」


 呼んだのはステファニアだけのはずが、気がつくとルナもついてきていた。


「魔法に関してなら私だって詳しいわよ?」


「あー……うん」

「胡散臭いですわ」


 ステファニアの言う通りだと思わず頷きたい衝動を堪える。


 確かにある程度は詳しいのだろうが、どうにもルナは大雑把と言うか、適当と言うか、正直あまり知識に関しては期待していないというのがリンの本音だった。


「まぁまぁ、竜族の知恵など早々借りられるものではありませんよ?」


「そうよ! 流石分かってるわね!」


「恐縮です」


 シンがペコリとお辞儀をする。

 その様はどこから見ても出来る執事そのものだ。


「まぁ、なんにしてもオーグの情報から依頼主を辿るのは無理っぽいな」


「そうですな、少なくとも今は殿下を始めとした、屋敷の者達を狙った不届き者がいた、そう認識しておく事にいたしましょう」


「ねぇとは思うが俺の方に接触してきたら報告するぜ」


 そんな感じで、特に目星い情報は得られなかったが、リンは新たにオーグという仲間を得る事になった。


 ーーーー


 シンとオーグ、二人との話を終えたリンはセリナの元に向かった。

 レイナは無事助ける事が出来たが、問題は母親であるマリナだ。

 マリナを見つける事は出来た。

 だが、彼女は魂を奪われ、今もドールにいる。


 その事を報告しなければならなかったからだ。


 もちろん諦めるつもりはない。

 だが、手がかりが無い現状では気休めの言葉しかかけられない事を分かっている為、正直気が重かった。


 リンがセリナの部屋を訪ねると丁度彼女が部屋から出てきた。


「え? あ! 領主様! お戻りになられたんですね!」


「ああ、今し方な、それで君の妹さんとお母さんの事で伝えたい事があるんだ」


 リンの言葉にセリナの表情が一気に硬くなる。

 何しろ家族の安否に関する事だ、それも無理ないだろう。

 立ち話でする事ではないとも思ったが、内容はともかく長い話にはならない。

 少なくともレイナは無事だったのだ、悪戯に緊張させる事も無いと思い、そのまま話てしまう事にした。


「まず、君の妹レイナは無事だから安心してくれ」


 リンの言葉にセリナは安堵の表情を浮かべる。

 だが、リンの言い方の意味に気づきすぐに表情を曇らせた。

 その事にリンもまた気がつくが、そのまま事実を伝える。


「マリナさんも見つける事は出来たが、無事とは言えない状態だった……」


 リンはマリナの状態をありのまま伝える。

 魂を失っている事、まだ助かる見込みはあるが、助ける目処は立っていない事ーー


「なんの保証もないが、きっとお母さんも助ける。 信じて待っててくれ」


「ありがとうございます……どうか、よろしくお願いします」


 セリナは深々と頭を下げる。

 なんとしても奪われた魂の行方を探さなければ、思うリンだった。

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