第111話 帰還
「はい……私はケジメをつけなければなりません」
テリーは膝をついたまま、顔を上げず、そう言った。
「ふむ……そうか、ならば仕方あるまい」
シモンは首を振り、残念そうな表情を浮かべると、ちらりとリンを見てから再び口を開いた。
「ではお前はしばしの間リンに仕えよ」
「は! ……は?」
「……ちょっと待った」
シモンの口から告げられた唐突な言葉に、驚きの表情を浮かべる。
「という訳だ、リンよろしく頼んだぞ!」
どういう訳だ! とツッコミを入れたいリンだが、さすがに国王相手にそんな事はできない。
喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み、努めて冷静に尋ねる。
「どうしてそういう話になるのですか?」
「そ、そうです! 私は罪を犯したのです! 今更陛下に仕える資格など私にはーー」
「ふむ、そもそも私はお前が騎士団を辞める事を許した覚えはないぞ?」
ハハハ、といい笑顔でそう言ってのけるシモンにテリーは言葉を失う。
「今後の事を考えればリンの近く、ひいてはセントアメリアにドールの者が居なければ連携が取り難かろう? リンと面識もあり、実力も申し分ない、何より私が信頼出来る者でなければならない。 お前なら適任だ、そうだな、言い訳が欲しければ左遷だとでも思っておけばよかろう」
建前を建前と言ってのけるシモンに頭が痛くなる。
リンは早々に反論する事を諦める。
シモンの言う事は一応理にかなっている事もあって、仮に反対したところで最終的には誰かが自分の近くに着く事は間違いない。
なら、少なからず顔見知りの方が多少は苦が楽だ。
「わかりました。 テリーさんが良いならですけど」
「私はーー」
テリーの言葉が詰まる。
色々な感情が渦巻いているのが見て取れる。
「テリー、私は今回の件、氷山の一角だと思っている。 故にこれは極めて重要な任務だ。 もし、お前が本当に今回の件にケジメをつけたいと言うのなら、頼まれてはくれないだろうか?」
シモンの言葉はこれまで以上に真剣味を帯びていた。
その表情は間違いなく一国の王たる威厳を放っている。
「陛下のお心のままに」
こうして、ルフィア帰還にテリー親子が加わる事になった。
ーーーー
「ではな、次はアリスと共に訪ねてくるといい」
「ははは……そうですね、機会があれば」
「ふむ……まぁリンも色々思うところがあるのだろう。 なんにせよアリスの一件に限らず、お前には今後も世話になるだろう。 気兼ねなく訪ねてくるといい」
シモンが気を使ってくれたのが分かり、リンは小さく頭を下げた。
アリスと出会い、今日まで流されるままにしてきた。
別にアリスの事が嫌いな訳ではない。
自分でも不誠実な事は自覚している。
(ホント、いい加減ハッキリさせないとな……こっちに来る前に約束もしてるし……)
ルフィアに戻れば、アリスは宣言通り色々と聞いてくるだろう。
しかも、悠里やセーラ、ステファニアを連れて帰るのだ。
(悠里にもまだ話してないし……)
まったくもって気が重いのだが、自分で撒いたタネである以上、仕方がいない。
リンは一旦考える事をやめ、改めてシモンに挨拶し、シモンの部屋を後にしようと立ち上がる。
その時、ふとシモンにあの事を聞いてみようと思いたった。
「陛下、不躾な質問で申し訳ないのですが『ソフィア』とい言葉に聞き覚えはありませんか?」
特別期待して聞いたわけではない。
ただ、少しでも多くの人に聞いた方が良いと思っての事だったが、シモンの反応はリンの予想に反するものだった。
「…………ふむ、すまんが聞いた事がないな」
口ではそう言っているが、その表情は明らかに硬い。
いや、険しいと言ってもいいものだった。
「トマスは何か知っているか?」
「そうですな、確か古代魔導言語の中にあったと記憶しております。 確か『知恵』や『叡智』といった意味だったかと」
『叡智』それはセーラの言葉の中にも出てきた単語だった。
「だそうだ、すまんな私から教えられる事はなにもなさそうだ」
「……いえ、ありがとうございます」
リンは短く、そう感謝すると、再度挨拶を済ませ城を後にした。
ーーーー
宿に戻る馬車の中でリンは先程のシモンの言葉を思い出していた。
『私から教えられる事はなにもなさそうだ』
あれは恐らくなにも知らないから教えられない、という意味では無い。
知ってはいるが教えられない、という意味だとリンは思っていた。
その考えを裏付ける為に、リンはテリーにとある質問を投げかけた。
「陛下は魔導関連に関してあまり詳しく無いんですか?」
「いえ、陛下はこの国の王にふさわしいだけの知識をお持ちです。 それこそ自身で魔導関連の研究もされているはずです」
やはりそうか、とリンは思う。
であれば、やはりシモンが『ソフィア』という単語を知らない筈がない。
現にトマスは知っていたのだ。
(……やっぱり知っている人は知っているって事だな)
それが分かっただけでも十分な収穫だと思う事にした。
その後、宿に戻ったリンは悠里達に声をかけ、明日の朝ドールを発つ事にしたと告げた。
本当なら今日にでも戻るつもりだったが、テリーも同行する事になり、準備があるだろうという配慮だった。
併せて、メグミに陛下との話を伝える。
メグミはまさかそんな好待遇を受けられるとは思っていなかったらしく大喜びだった。
勝手に諸々の約束事を取り決めた事を詫びたが、特に気にした様子も無く、むしろより研究が捗ると感謝されたほどだった。
ーー
「ほ、本当によろしいのですか?」
「ああ、むしろその方が色々と楽だからな」
リンはテリーの自宅を訪れていた。
理由は持ち物を運ぶ為だ。
運ぶと言っても片っ端からストレージに入れていくだけの作業だ、ものの数分で終わる。
色々と試した結果、どうやらストレージの能力が拡張されている事に気がついた。
理由は分からないが、少し前までならあまり大きな物は無理だった。
だが、先日のレッドオーガなど、比較的大きな物でも問題無く収納できてしまう。
(うーん……この辺も改めて確認が必要だな)
テリーの荷物を収納した後は同じようにメグミの家を訪れ、片っ端から収納、その後は悠里達とドールを軽く観光がてら買い物をして過ごした。
そして夜は再び宴会状態で過ごし、あっと言う間に一日を終えるのだった。
ーーーー
「さて、全員忘れ物はないか?」
ドールに来た時とは違い、大所帯となったリンは全員にそう確認する。
戻ろうと思えば同じ様に転移魔法を使えばいいのだが、色々準備が面倒なので出来れば一回で済ませたい。
全員問題ない事を確認し、街の外へと徒歩で移動する。
「じゃあやるけど、フォローは任せていいんだよな?」
昨日準備した魔石を手に、リンはステファニアにそう確認を取る。
「ええ、お任せ下さい。 リンは普通に魔法を発動すれば問題ありませんわ」
「りょーかい、んじゃいくぞ」
息を吸い込み、リンは精神を集中する。
転移先はルフィアの屋敷の庭ーー
イメージを固め、魔法を発動する。
すると手の中の魔石が音もなく崩れ去り、まもなく目の前に大きめの扉が実体化した。
「やっぱりどこ○もドアだよね、コレ」
悠里の言葉を聞こえないフリでスルーすると、リンは扉のノブに手をかけ、一気に開けた。
するとその先に見えたのはーー
「おかえりなさいませ、リン様」
仰々しく頭を下げ、リンを出迎えるシンの姿だった。
「……ただいま、というかなんで分かったんだ?」
リンの疑問にシンは温厚な笑みを浮かべるだけで、その答えが返ってくる事はなかった。
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