第110話 モーガン・ルフィア・アメリア

 モーガン・ルフィア・アメリアーー


 かつてのルフィア領領主であり、公爵家当主という立場ながら、帝国と手を結び、戦争を引き起こした張本人である。


 今回の一件は恐らくアルファ伯爵主導の下、複数の貴族が関わっていると考えられる。

 だが、ルフィア領の貴族だけならそれである程度納得はいくが、シモン曰く、ドールの貴族も絡んでいるとなると話は変わってくるのだ。


 一言で言えば、アルファ伯爵ではドールの貴族まで引き込むのは不可能ーー


 そうなればもっと力の強い貴族が裏で糸を引いていると考えるしか無い。


 そしてそれが出来、かつ、やりそうな人物など今となっては一人しかいないーー


「そう考えれば、先の戦時にあったトラブルも納得がいくのだ」


「トラブルですか?」


「ああ、先の戦争、我が国はアーサー王より援軍を要請されていた、そしてアリス王女の亡命及び保護もな」


 ドール王国はセントアメリアより更に小国だ。

 だが、決して国力がないかと言えばそれは違う。

 魔導技術においては大国にも引けを取らず、武力で言えばむしろセントアメリアを上回る。

 資源が少ないがその技術力で生産される魔導具によって財力もある。


 そんなドール王国という同盟国にセントアメリアが助けを求めるのは不思議な事ではない。


 だが、それが叶う事はなかった。


 ドールからの援軍は無く、セントアメリアは圧倒的な戦力を持つ帝国軍に蹂躙される事になった。


「こう言ってはなんだが、本来セントアメリアはもっと早くに多大な被害を出し、敗戦しておかしくなかった」


 故に、シモンはアーサー王からの援軍要請を待たずして、開戦直後から出兵を準備していたと言うのだ。

 だが、そこで思わぬ妨害が入った。


 一部の貴族から強い反発があったのだ。

 貴族達の言い分としては、仮にドールから出兵したとしても敗戦は濃厚であり、むしろセントアメリア陥落後、帝国が自国を狙わないとも限らないーー

 そういった意見が出た事によって、早期に出兵準備を整えていたにも関わらず時間を取られてしまったら結果、セントアメリアの戦況は悪化、日和見な貴族達も徐々に反対派に流れてしまい、結果援軍を送る事が出来なかったと言うのだ。


「騎士は貴族出身の者も少なくない、国王とは言え私の一存では兵を動かす事は出来なかった。 だからこそせめてアリス王女の保護だけはなんとしてもと思ったのだがーー」


 結果はリンも知っての通りだった。


 アリスを乗せた馬車は野盗に襲われ、亡命も失敗に終わってしまった。


「今にして思えば、王女の情報は我が国から流れた可能性も少なくない、非常に申し訳ない話ではあるがな……」


 シモンはそう言って厳しい表情を浮かべる。

 アリスの件に関しては実際どうだったのかは分からない。

 だが、少なくとも援軍を送れなかった事に関しては事実であり、シモンにとって非常に歯痒い出来事だったという。


「何にせよ、このままと言う訳にはいかない。 私の方でも全力をあげて調査させるつもりだ。 先の一件に限らず、現在も行方の分からない者達の調査も任せて欲しい」


 そう言ってシモンは攫われた人たちの調査を約束してくれた。

 ここに呼ばれたのも、調査において表立った行動の可否を確認したかったと言う事だった。


 リンとしては先に伝えた通り、今回の一件を隠す気などさらさら無い。

 ひょっとしたら色々と面倒な話になるかも知れないが、政治的な部分に関してはシモンとアーサー王に丸投げする事にした。

 無責任と言えばその通りなのだが、国同士の話となるとリンには荷が重かった。


(後々面倒になる気もするが、現状俺に出来ることはここら辺が限界だしな)


 その後、改めて今回の一件に関する情報をお互い確認した。


 カプト邸に残された人たちは王国で責任を持って保護してくれるという。


「これを渡しておこう」


 シモンより手渡されたのは、掌大の水晶が金属の台座に固定された物だった。


「それは魔力を通すと離れた場所でも声と姿を届けてくれる魔導具だ、ルフィアに戻った後はこれを使って連絡しよう。」


 要はホットラインの様なものである。

 厄介なものを渡された気もするが、なにかある度に遣いを出せる距離では無い。

 そう言う意味ではタイムラグがほぼゼロで情報交換出来るメリットは大きい。

 面倒な事にならない事を祈りつつ、リンはありがたくソレを受け取った。


「さて、最後になったが今回の一件に対する褒美を与えねばならんな、なにか望みはあるか?」


 シモンの言葉にリンはまさか褒美云々の話が出ると思っておらず、思わず辞退の言葉を口にしようとした。

 だが、リンが口を開くより先にシモンがその言葉を封じる言葉を放った。


「調査するに当たって、今回の件はそれこそ国中に広まるだろう。 君の事はまだそれほどこの国では知られていないがそれも時間の問題だ。 既に国に出入りする商人達を中心にセントアメリアの件は徐々広まりつつある。 そこにきて今回の一件を解決した立役者である君に私がなんの褒美も出していないとなっては、国王として恥以外のなにものでもない」


 口早に、そう捲し立てられてしまった。

 こう言われてしまっては、何か希望しなくては逆に立場が悪くなりかねない。


 小さくため息を吐くと、なにか頼める事でも無いかと考えを巡らせる。

 そして一つ思いつく事があった事に気がついた。


「実はこの国で研究をしているメグミとイーリスの二人ですが、ルフィアへ移住を希望しています。 詳しい事は知らないのですが、もし何か問題があるのでしたらその件を許していただきたいのですが、難しいでしょうか?」


 リンの言葉にシモンは難しい表情を浮かべた。

 その表情から不味い事を言ってしまったのかと焦ったのだが、それは無用な心配だった。


「結論から言えばなんの問題もない。 確かに優秀な研究者や職人は我が国にとって最も重要な財産と言える。 だが、それはあくまでお互いが納得しての事、民が移住を希望するのであれば、それを制限する事はない」


 魔導技術に関わる者はその知識や研究結果、技術に対して国が対価を払う事で成り立っている。

 作った魔導具を売り、それで生計を立てる者もいるが、大半の者は国にもなんらかの形で魔導技術を提供し対価を貰って生活していると言う。


「確かにあの者達は極めて優秀だ、異能と魔眼という稀有な力も相まって国としても居なくなってしまうのは残念極まりないが、だからと言って引き止める事は出来ない。 故にリンの望みは褒美として成り立たないんだ」


 確かになんの制約も無いのでは、褒美としては成り立たないだろう。

 だが、そうなるとリンとしてはこれと言った願いなど無い。

 後は、それこそ金銭でも希望するしかなくなるのだがーー


「ふむ、ではこうしよう。 本来で有れば国から持ち出しが禁止されている魔導研究に必要な物を特例的に許可しよう、なんでもとは流石に言えぬ故、事前に申請してもらい、審査した上にはなるが、どうだ?」

「陛下! それは流石に反対ですぞ! 国家の最重要機密と言っても過言では無いものを如何に同盟国とは言え、他国に提供するなどもってのほかです!」


 シモンの提案に大臣であるトマスは猛反対したが、シモンも王として一度口にした以上、撤回する気は無いと聞く耳を持たない。

 そのままリン達を他所にあれこれ口論した結果ーー


 ・研究に必要な物(道具や機器)は提供ではなく貸与

 ・研究結果は可能な物に限り、ドールへ提供し、対価として研究費用を受け取る

 ・提供された技術で発生した利益はドールとメグミ、ルフィア領で取り決めに従って分配する


 となった。


「ではそう言う事で頼む。 すまんな、頭の硬い大臣で」


「いえ、感謝します」


 そう言ってリンは頭を下げた。


「さて、では以上で話は終わりだな、リンさえ良ければ改めて国賓として丁重にもてないしたいところなのだがーー」


 シモンの好意に申し訳ないと思いつつも、リンはまだルフィアに戻ってからやらなければならない事が山積みである事を伝え、今日にでもドールを発つつもりであると、申し出を丁重に辞退させて貰った。


「そうか、ゆっくりと話したかったが、仕方あるまい。 また会う機会がもあるだろう、その時にでも取っておくとするか」


 そう言ってシモンは笑みを浮かべた。

 何となく、アリスとの事からの発言な気がしてリンは思わず苦笑いを浮かべた。


「ところで、テリーよ」


 そう言ってシモンは唐突にテリーへと声を掛けた。

 突然声をかけられ驚いたのか、テリーの身体が小さく跳ねる。

 そして続くシモンの言葉に、今度はリンが驚かされる事になる。


「テリー、お前は騎士団を辞めるつもりなのであろう?」

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