第109話 義理の伯父

 魔導都市ドールは大きく分けて東西南北の4つのエリアに分かれている。

 そして都市の何処からでも見えるのが都市中央で一際存在感を放つのがドール王国の王城だ。


 リンを乗せた馬車はそこへ向かっていた。

 同行するのはウェインとテリーの2人でテリーの息子は悠里に任せてきた。


 心地よくなる馬車の揺れに、思わず溢しそうになった欠伸を噛み殺す。


 流石と言うべきか、深夜まで飲み続けていたはずのウェインとテリーに寝不足の気配は感じられなかった。


 ひとり眠気と戦っていると、馬車がゆっくりと停車した。

 馬車を降り、イーサンに案内されるまま入城する。

 馬車の中で知ったのだがイーサンという人物、実はドール騎士団を束ねる総団長だという。

 そんな人物を迎えに寄越したというのだから驚いた。


 だが、その理由はすぐに判明する。


 通されたのは謁見の間ーー

 ではなく、国王の私室だった。


 流石と言うべきか広々とした室内には多くの調度品が飾られている。

 部屋の中には初老の男性と豪奢なドレスを着た女性、そして最も目を引いたのは部屋の主であろう男だった。


「急な召喚に応じてくれて感謝する。 私がドール王国国王、シモン・ドールだ」


 輝くような金髪に端正な顔立ちで、リンが思っていたより若々しい。

 恐らくは40代前半といったところだ。


 だが若くとも国王、放つ威厳の様なものはセントアメリアのアーサー王にも引けを取らない。

 不思議なのはどこかその顔立ちに既視感を覚えた事だ。


 とは言え、国王に名乗らせて黙っている訳にはいかない。


 リンは慌てて傅き、頭を垂れる。


「失礼致しました。 私はセントアメリア王国ルフィア領領主ーー」

「あー、畏る必要は無いぞ。 その為に内密に君を呼んだんだ、リン・クサカベ」


 慣れない口上を述べようとしたリンをシモンが遮る。


「君が作法に疎い事は聞き及んでいる、それに将来的には義理とは言え甥になるんだ、他人行儀はやめておこう。 なにより私自身あまり堅苦しいのは好きじゃないんだ」


 あまりの事にリンは目が点になる。

 シモンの言っている意味がすぐには理解出来なかったのだ。


「む? 聞いていないのか? 君の婚約者、アリス・アメリア王女の母は私の妹にあたる、つまりアリス王女は私から見れば姪という訳だ」


 その言葉でようやく理解すると同時に、先ほどの既視感も納得がいった。

 シモンにアリスの面影を見たのが原因だった。

 なるほど確かにどこか血のつながりを感じる。


 リンがふとウェインに目をやると、驚きに気まずさを足したような表情をしていた。

「え、知らなかったんですか?」といった感じだ。


 隣のテリーはと言えば仕える主の御前だ、傅き、顔を伏せているのだが、明らかに顔色が悪い。

 むしろ青ざめていると言ってもいいだろう。

 恐らく、主の意に反し、悪党の手先になっていた故に気が気でなにのだろうとリンは思ったのだが、それが間違いである事をこの時はまだ知る由もない。


「ウォホン……陛下たっての希望故、儂も五月蠅く言うつもりは無いが、最低限の礼儀は守ってもらいたい」

「そう言うな、私としては彼と仲良くなっておきたい。 その為にイーサンを迎えに出し、こうして少人数で集まったんだぞ? あまり壁を作っては台無しだ」


 国王の言葉に大臣は額を押さえ、大きくため息をついたが、それ以上何も言わなかった。


「立ったままではなんだ、座って話そうじゃないか」


 シモン国王に促され、部屋に置かれたソファにリンサイドと国王サイドそれぞれ対面する格好で腰を下ろした。

 とは言え、テリーは席につかず、イーサンと大臣も立ったままである。


「改めて、私がこの国の王、シモン・ドール、隣にいるのが妃のエイレーネ、あと彼はこの国の大臣で私の右腕のトマス、それと聞いているかもしれないが、彼がこの国の騎士の頂点イーサン、皆、信の置ける掛け替えのない人達だ」


 そう言ってシモンは柔らかな笑みを浮かべる。

 そしてその笑みはリンの横に立つテリーにも向けられた。


「それはお前も変わらないぞ、テリー隊長」


 シモンの言葉にテリーの肩が僅かに跳ねた。


「先に言っておこう、私は今回の件でお前を罰するつもりは無い」

「なっ! 陛下! 私は――」

「むしろよくぞ単身で潜入調査を行い、リンの協力を取り付け、組織を壊滅させたと労いの言葉を掛けたい」

「そんなっ! 私は――」

「ん? 違うのか? 現にお前はリンと協力して奴らを一網打尽にし、さらには協力関係にあった貴族まで洗い出した。 これを功績と言わずなんという? 違うかリンよ」


 まさかここで水を向けられるとは思わなかったリンは一瞬面くらったものの、すぐさま「そうですね」と言って頷いた。

 正直、ずいぶんと人のいい国王だとリンは思う。

 結果だけ見れば確かにその通りだが、本来であれば違う結果になっていたのは誰の目にも明らかだ。

 言ってしまえば、運がよかっただけである。


 リンがドールを訪れない、北のエリアから入国しない。

 あの夜、リンがテリーを切り捨てていたかもしれないし、そうでなくても協力関係を築かなかったかもしれないのだ。

 組織の撤収のタイミング一つとっても、本当に偶然に偶然が重なっただけと言っても過言ではない。


 一つでも欠ければこの結果は存在しなかったはずなのだ。


 それは当然シモンも分かっているはずなのだ。

 この国の法は知らないが、恐らく本来であれば厳罰にあたってもおかしくない。

 リン自身、テリーの沙汰については出来れば口を出したいと思っていたのだ。

 だが、まさかの国王本人がテリーに罰は与えないと言っているのだからお人よしとしか言いようがない。


「それよりもリン、君に聞きたい事がある。 今回の一件についてだ」


 シモンはそう切り出すと、先程までの柔らかな表情から国を治める王の顔へと切り替わった。

 リンとしてもそういう話になる事は予想済みだった。


 むしろ、その為に呼ばれたと思っていたのだ。


 自分の力や、セーラとステファニアがハイエルフである事は流石に話すつもりはない。


 だが事の顛末については全て話すつもりでいる。

 ひょっとしたら外交上、色々問題はあるかも知れないが、はっきり言ってそういった、ある種の化かし合いにも似た話し合いでは、国王であるシモンの足元にも及ばない事は先のアーサー王で承知の上である。

 今回の一件について、ことの発端となった孤児院で知った事から掻い摘んで説明していく。


 途中、いくつか出た質問に答えつつ、一通り説明し終えるとシモンとトマスは腕を組み、難しい顔をしながら無言で頷いた。


「ふむ……では、今回人目を避けていたのは奴隷にされた人たちを助ける為で、秘密裏に処理するのが目的だった訳じゃ無いんだな?」


「はい、とは言え奴らの耳に届くのは想定内でした。 問題は今回の一件に多くの貴族が関わっている可能性が高かった事、それから俺が頼れる仲間が少なかったのも原因ですけどね」


 トマスが何やら紙の束を手に取り、内容を確認しながらリンに問いかける。


「これは先日貴殿より騎士団に提供された情報の写しですが、内容の裏取を急がせたところ、現段階では捏造の類で無いと認識しております」


 それはコルニクスに渡された紙の束を写したものだった。

 昨日の今日である程度信頼に足る物であると調べ上げているのには驚いたが、それだけの内容だったのだ。


「セントアメリア、ルフィア、そして我が国……裏で繋がっているのが見えてきた結果、その影にある男が見え隠れしている」


 シモンの言葉に、リンの脳裏にもあの男の顔がチラついた。

 それはどうやらウェインも同じだったようで、険しい表情を浮かべた。


「元ルフィア領主のモーガン・ルフィア・アメリアーーアーサー王の弟君だ」

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