第108話 登城要請

「セーラ!!」


 ステファニアが凄まじい剣幕でセーラの肩を掴み、その言葉を遮った。


「いけない! それは彼らが知るべき事ではないわ!」

「離して」


 静かだが、有無を言わせない力を持った言葉と共に、セーラはステファニアの手を振り払った。


「お姉様、私たちの問題に巻き込んだのは、他ならない私たちです。 それならリンさんの疑問に答えるのは私たちに出来るせめてもの誠意だと思います」

「いけません! それに、まだ彼らを巻き込んだとは限りません!」


 遂には姉妹は無言で睨み合いを始めてしまった。

 しばらくそのまま、双方譲らないまま沈黙が流れたが、不意にステファニアがため息を吐いた。


「リンさん、ソフィアの事については、知らなくていい事――いえ、むしろ知らない方がいいのです。 あの男が言っていた世界の秘密、その事に関係する事柄、知れば貴方は巻き込まれてしまうかもしれない」


「世界の秘密か……コルニクスも言っていたな、なんなんだそれって言っても教えてくれないんだろ?」


「はい」


 ステファニアはそう、ハッキリと答えた。


「分かった、なら今はいい」


 リンもこれ以上聞く気にはならなかった。

 聞いたところで答えてくれるとも思えなかった。

 なにより、コルニクスがこう言っていた事を覚えていたからだ。


『君がその生き方を変えないのなら、今後君は否が応でもこの世界の秘密を知る事になるはずさ』


 なら、いずれその時は来る。

 なにしろ、リンは自分の生き方を変えるつもりなど無いのだから。


「なら、俺の不死の力、こいつについて何か知っているか?」


 リンは質問を変える事にした。

 コルニクスも言っていたし、セーラの言葉にもあったが、リンの不死の力は異能でもスキルでもないとしたら何なのか、ステファニアなら知っているかもしれないと思ったのだ。


「…………知っている、かもしれません。 ですが、確証が得られない上に信じられないというのが本音です」

「本当か?! なら――」


 リンは思わず身を乗り出してしまう。

 だが、リンの期待とは裏腹に、ステファニアは首を横に振った。


「ソフィアの事以上に、話せません」


 その言葉にリンは、ゆっくりと身体をソファへと沈めた。

 落胆した訳ではない、いや、多少の落胆はあった。

 だが、それ以上にステファニアの答えに混乱していたのだ。


「……ステファニアが答えられないって事は、世界の秘密ってやつに関わるって事か」


 ステファニアはなにも答えない。

 だが、リンは自分の出した答えに確信があった。

 ステファニアは質問をする前に言っていた。

「答えられない事がある」と――

 それは、おそらく世界の秘密とやらに関わる事なのだろうと、おおよそ察しがついていた。


 そして、コルニクスとハイエルフはその世界の秘密とやらで対立した。

 さらに、セーラはその大切なピースなのだ。


「分かった、なら最後に一つだけ頼みがある」


 リンはそう切り出すとセーラとステファニアに手を差し出した。


「困ったら、迷わず相談してくれ、俺は自分の生き方を変えるつもりはない。 あの男の言葉を信じるなら、俺はいずれ世界の秘密とやらを知る事になるんだ。 なら俺は巻き込まれるんじゃない、自分から首を突っ込むんだ」


「ん」

「……」


 リンの言葉にセーラは素直に頷いたが、ステファニアは複雑な表情を浮かべ、首を縦にも横にも振らなかった。


 ーーーーーー


 リンが宿泊していた部屋は、この宿でも一番上等な部屋であり、充分な広さがある。

 それでも流石に十人も集まれば多少は手狭に感じてしまう。


 それでも各々、楽しそうに食事を楽しんでいる様子に、場を設けたリンも笑みを浮かべていた。


「ふぅ……」


 夜風に当たりたくなり、テラスに足を運ぶ。

 部屋の中では徐々に酒が入り、少し騒がしくなり始めていた。


 この世界では飲酒に関しての年齢制限が無い。


 流石に10歳にも満たない子供が口にするところを見た事はないが、食事時にはリンや悠里の年齢でも当たり前に果実酒が提供される。

 一度、興味本位で口にしたが、リンの口にはまだ早かったのか、以降は口にしていない。

 意外だったのは、そういった倫理観に人一倍煩い悠里が普通に果実酒を飲む事だった。

 本人曰く「日本では違法でもここでは当たり前なら遠慮するのもヘンでしょ?」との事だった。


「賑やかだな……」


 無意識に独り言を呟いた。

 テラスの柵に寄りかかり、星空を見上げる。

 空気が澄み、光源の少ないこの世界では、雲が少ない夜ならば無数の星々が夜空を埋め尽くす。


 だが、リンの心はそんな星空を眺めながらも、別のことを考えていた。


(ひと段落したとは言え、完全に解決した訳じゃ無い。 何より、もっと厄介な話になりつつある)


 攫われた人達の事も解決が見えたが、完全に解決した訳ではない。

 ルフィアに戻ってからもやる事は山積みだ。


 何より、コルニクスの言葉の数々がリンの心にしこりを生んでいた。


(それに……)


 自らの掌を見つめる。

 時間は経っているはずなのに、ハッキリと覚えている感触にリンの顔が僅かに歪む。


 肉を断った感触が蘇る。


(後悔……している訳じゃ無いんだよな……)


 リンが苦心しているのはそこだった。


 正直、あの時、テリーの息子を助ける為に男の命を断った事にそれ程の後悔は無い。

 リンは人を殺した事に多少の嫌悪感は感じるものの、それ以上は何も感じなかった。


 頭では人殺しに対する忌避感を持っている。

 だが、実際に人ひとりを殺めてみて、それが口先だけだった事に戸惑っていた。


(死に慣れつつあるのか、それともーー)


 心の奥底から時折顔を出す自身の暗いソレが垣間見えそうになり、思わずかぶりを振り目を逸らす。


 だが、同時にいつまでも目を逸らし続ける事は出来ないと感じ始めていた。


 ーーーーーー


 リンは「コンコン」と扉をノックする音で目が覚めた。


 昨夜は夕食会のはずが、気がつくと宴会状態で、お開きになったのは深夜だった。


 セーラとイーリス、テリーの息子とルナ、それとリンの5人以外は完全に酔い潰れてしまった。

 他の者は部屋に戻り寝れば良いが、テリー親子はそうもいかず、宿の者に頼んで部屋を用意してもらった。


 奥さんの件は心配だったが、どうやら本人にの中で整理がついた様で「妻は必ず見つけだします!」と息巻いていた。


 再び、扉をノックする音が響き、リンはまだ半分寝ている頭を無理矢理覚ますと、扉を開けた。


 そこに立っていたのは鎧に身を包んだ騎士団と思わしき人物だった。


「おやすみのところ申し訳ありません。 私はドール騎士団近衛騎士隊のイーサンと申します。 国王陛下より侯爵閣下とウェイン様をお迎えに上る様、命を受けて参上いたしました」


 寝起きの頭でも、騎士の言葉はすぐに理解出来た。

 突然の登城要請に驚きつつ、リンは急いで準備する事を伝える。


「かしこまりました。 私は宿の外でお待ちしています」


 急がなくていいとの事だったが、流石に国王を待たせる訳にもいかず、リンはウェインを叩き起こすと、大慌てで準備を始めた。

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