第107話 叡智

「馬鹿なの? 死ぬの? いや死なないか」

「凛って馬鹿だったっけ? ダメって言ったよね?」


 仁王立ちの悠里と最悪の目覚ましで起こされた不機嫌MAXのルナを前に正座させられるリン。


「お姉様、リンさんは魔力制御がアレなんです。 先の戦いでご存知でしたよね?」


 正座するリンの横で妹に正座させられるているのはステファニア。

 小さな子供に説教されているシュールな光景にメグミは苦笑いを浮かべていた。


「いや、俺は言われた通りやっただけでーー」

「「言い訳するな!!」」


「だって、あんな簡単な事すら出来ないなんてーー」

「出来ません。 お姉様はこの国を吹き飛ばす気ですか?」


「「ごめんなさい」」


 二人は肩を落とし、ひたすら謝り続ける事になった。


 ーーーーーー


「しかし、これは一体どうやったんだい? 通常では考えられない程の魔力が魔石に込められてる」


「魔術的な加工を施してますわ、それによってより多くの魔力を蓄える事ができますの」


 ハイエルフの持つ知識は現代においても先をいくーー

 そう言っていたのを思い出させた。

 ステファニアの施した加工についてメグミは興味が尽きないようで、色々質問していたが、ステファニアは「教えられませんわ」の一言で一蹴していた。

 仕方ない事とは言え、魔石の加工を頼んだリンは申し訳ない気持ちになり、なにかフォロー出来ないか考えようとした時、意外なところからメグミに援護が入った。


「お姉様、メグミさんには色々お世話になった。 できれば教えてあげてほしい」


 セーラはそう言って、まっすぐにステファニアを見つめる。

 その視線にステファニアは「うっ……」と物凄く困った表情を浮かべた。


「仕方ありませんわね……ですが、一朝一夕で教えられるものでもありませんわ、それでもよろしいのでしたら多少はお教え出来る事もあるかもしれません」


 その言葉にメグミの表情が見た事も無いほどに輝く、そしてメグミは何故かリンの手をぐっと握りしめた。


「え?」


「僕も君たちについていくよ! 大丈夫、リン君に迷惑はかけないから、ルフィアに行くときは声を掛けてくれ」


 こうして、ルフィアに戻る(?)人数が二人増えた。


 ――――――


「ふぅ……まさかメグミさん達が一緒に行くことになるとは思わなかったな」


「あはは、まぁ私は嬉しいかな? お世話になった人だし、今後も魔導銃を使っていくことを考えたら、開発者が近くにいてくれるのはありがたい話だよ」


 確かに、同郷の人間が近くにいてくれるというのは案外心強い。

 ましてやメグミはリン達から見れば年長者だ。

 この世界と元の世界の違いをリン達よりも知っている。

 そういう意味でもよき理解者になってくれるという期待もある。


 リンと遊里がそんな会話をしている中、ステファニアは先ほどの魔石を見つめ、眉間に皺を寄せていた。


(このサイズの魔石であれば、わたくしの魔力総量の10倍は入るはず……にも関わらず、この魔石には既に九割近い魔力が溜まっている……たった一回のチャージで)


 ステファニアからしてみればそれは悪い冗談としか思えなかった。

 彼女の知る限り、自身を上回るほどの魔力量を持つ者など片手で数えて事足りる。

 しかもその中でも飛びぬけて高い魔力を保有していた自分の母ですら、彼女の2倍程度――


(いったい、本当に何者なのでしょうか? それにあの回復力――いえ、あれは回復などと呼べる代物じゃない、まさか彼は――)

「ステファニア、おーい」


 自分を呼ぶ声に彼女はハッとして思考を中断した。

 声に視線を向けると、そこには真剣な表情を浮かべたリンがソファに腰かけ、自身にも座るよう促していた。

 ステファニアは素直に従い、リンの前に腰を下ろす。

 何となく何の話かは理解できた。


「夕食までまだ時間があるし、ここらへんで色々とハッキリさせておきたいんだが、いいか?」


 リンは先ほどステファニアの話を聞いた。

 だが、なにも聞き返す事はしなかった。

 あえて、そうしなかった。

 初めから話を一通り聞いたうえで色々と聞くつもりだったのだ。

 その方が、嘘や誤魔化しが利きづらいからだった。


 だが、そんなリンの考えを知ってか知らずかステファニアはリンに驚きの言葉を放った。


「はい、ですが、言えない事、教えられない事があるというのは先に断っておきますわ。 それで貴方の信頼を得られない事になったとしても――」


 ステファニアはまっすぐ、そうハッキリと口にした。


「……わかった、ならひとつだけ頼みたい事がある。 嘘や誤魔化しは無しだ。 言えないならそうはっきり言ってくれ」


 ステファニアがなにを考えているのかリンには推し量りようもない。

 言えないならそれはそれで仕方ないだろうとも思う。

 だが、嘘偽りが無ければ、ある程度の信用くらいは出来る気がしていた。


「最初に聞きたいのはあの男の事だ、まぁおおよそ察しはついてる、あの男がハイエルフの国を滅ぼした張本人なんだろ?」


 ステファニアは小さく首を縦に振るとそのまま俯いてしまった。


「セーラはコルニクスを見ているのか?」


「一瞬だけ、チラッと見ただけだけど」


 何故そんな事を聞いたかと言えば、セーラはカプトの屋敷でコルニクスを見ていない。

 今後、奴が襲撃してきた際にセーラが敵の顔を知っているのと知らないのではかなり事情が変わってくる。


 とは言えーー


「どうやら奴は姿形を好きに変えられるらしい、顔を知っている意味はあまり無いから油断するなよ?」


「わかった」


 セーラは素直に頷いた。

 その表情は普段と変わらない無表情だ。

 むしろ記憶を取り戻す直前より、表情の変化が少なくなった気さえする。


「そもそも奴は何者なんだ? なんでセーラを狙う?」


 リンとしてはそちらの方が重要だった。

 彼女達の過去は気の毒だし、察して余りある。

 だが、行動を共にするならば、やはりこれからの事を考えなければならない。


「彼らの事は答える事が出来ません」


 ステファニアはそうはっきりと答えた。

 その言葉はリンに幾つかの気づきを与えるものだった。


(答えられないか……か、要するに知らない訳じゃ無いって事か、しかもときたもんだ)


 彼らという事はセーラを狙い、ハイエルフの国を滅ぼした連中は複数人からなるって事になる。

 厄介極まりないとリンはため息が漏れた。


「あの、わたくしからも一つ聞いてよろしいですか?」


 ステファニアが遠慮がちにリンに尋ねた。


「ん? ああ、こっちも聞くばかりじゃ悪いから遠慮しないでくれ」


「あの時の傷、そしてその後の回復…… あれはなにをしたんですか?」


 ステファニアの言葉に悠里の視線がリンに向けられる。

 悠里も気になっていたのだ。

 あの時、悠里はリンが死んだと思っていた。

 身体を完全に貫かれ、どう考えても助かるような傷では無かった。


「ああ、その事は話そうと思っていた。 聞きたい事もあったしな」


 リンは自身の身に起きる現象をありのままに話した。

 この世界に来て、幾度も死んでいる事。

 その度に生き返ってきた事も話す。

 ついでにこれまで誰にも話していないマップについても話しておく事にした。


「嘘……そんな事ありえるの?」


「ああ、本当だよ。 悪かったな秘密にしてて」


「それはソフィアーー異能なんですか?」


 ステファニアは表情を厳しいものに変え、リンに問いかける。


「分からん、悠里のようにこの力が異能だとかスキルだとか自覚はないんだ。 だからこそ、あの男コルニクスが言っていた様にステファニアに聞いてみたいと思っていた」


 その言葉にセーラは不思議そうな表情で首を傾げた。


「それはヘン、スキルでもソフィアでも本人は自覚があるもの」


 リンの様に自覚もなく能力が発動するのは最初だけで、個人差はあれど比較的早い段階で自覚すると言う。


「やっぱりそうか、実はスキルに関しては俺も自覚があるんだ」


 最初は訳も分からずなんとなく使っていたスキルだが、最近では自身が使う力はスキルなのだと自覚し始めていた。

 理解出来ずに使っているのは不死の力とマップ、そしてスキルなどの確認が出来るウィンドウの三つだ。


「だが、不死とマップ、ウィンドウに関しては自覚が無い。 不死に関しては発動時に死んでるからそれでかとも思っているんだが……」


 実際、スキルは発動時に『使っている』という感覚があるので、不死の能力がスキルである可能性は捨てきれない。

 だが、マップとウィンドウはこの世界に来てから頻繁に使っているが、いまだになんの自覚も無い。


「だから何か知らないかと思ってなーー それと二人は異能の事をソフィアって呼んでるが、そもそも異能ってなんなんだ?」


 エデンへと転移してきた異世界人アナザーが使う事の出来る力と聞かされてきた。

 だが、それが何故なのかは誰も知らず分からない。


 だが、異能をソフィアと呼び、長い歴史を持つ彼女達ハイエルフならば知っているのではないかとリンは思ったのだ。


「ソフィアはーー」


 セーラが目がリンと悠里、二人に向けられるーー


「叡智によってもたらされる力、禁忌を犯したーー」

「セーラ!!」


 セーラの言葉はステファニアの叫びによって遮られた。

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