第105話 夕食のお誘い

 ステファニアは俯き、肩を震わせる。

 ステファニアの話から考えれば、その後セーラはなにも無い空間に一人取り残されたという事になる。


 それは想像もつかない恐怖だ。


 いったいどれだけの時間、孤独に彷徨ったのだろうかーー


 その場にいた全員が言葉を失う。


「辛かったわね」


 そんな中、セーラにそう声をかけたのはルナだった。


「私も、ちょっと違うけど長い間一人だった。 動く事も出来ず、ゆっくり近づく死の足音を聞き続けてた」


 それは、ルナがリンと出会う前の話だった。


 境遇は違うが、確かに長い時間を孤独と死の恐怖に怯えた経験がルナにはあった。


「もうすぐ死ぬって時に変なヒュームが現れたの、そいつは出会ったばかりの私の為にドラゴンの巣に突っ込んで行く無茶苦茶な人だった。 案の定、死にかけて、私まで巻き添えに怪我をした。 なんで無茶をしたのか聞いたら、私の為だって言うのよ? 信じられないバカだと思ったわよ」


 セーラはルナの話を黙って聞いている。


「でも、そんなバカなお人好しのおかげで今も私は元気に生きていられる。 色々思う事もあるけどーー 感謝してるわ」


 ルナの口から改めて言葉にされ、リンは気恥ずかしくなった。

 誤魔化すようにポリポリと頬をかくその姿を見て悠里がクスリと笑みをこぼす。


「うん」


 セーラは小さくそう呟くと、ステファニアへと視線を向けた。

 その視線には先ほどまでの鋭さはない。

 ステファニアが顔を上げ、その視線を受け止めるとーー


「お姉様、ありがとう」


 そう、はっきりと口にした。


「セーラ……辛い思いをさせて、本当に、ごめんなさいーー」


 それだけ言うと、遂にステファニアは小さな声をこぼしながら泣き崩れてしまった。

 セーラはベットから起き上がると、ステファニアの横に座り、その背をさする。


 その様子を見て、もう大丈夫だろうと判断したリン達は、今度こそ、二人きり呪い時間を作る為に部屋を後にした。


 ーーーーーー


 部屋を後にしたリン達はメグミとイーリスを訪ねた。


 イーリスも既に目を覚まし、メグミとお茶を飲みながら談笑しており、ひとまず胸を撫で下ろした。


 イーリスが気を失ってからの経緯を簡単に説明し、もう危険は無いと伝えた。


 二人はステファニアの存在に最初は驚いていたが、セーラが記憶を取り戻し、かつ姉と再会できたことを素直に喜んでいた。

 言ってしまえばメグミ達は巻き込まれた立場のはずだが、そんな事はまるで気にしておらず、それよりもセーラの事を喜んでくれるあたり、本当に優しい人達だとリンも思わず笑みを浮かべた。


 しばしメグミ達と会話を交わしていたが、その中でカプトがイーリスとセーラをさらった理由を聞かせてくれた。

 イーリスはカプトに攫われた後、一度カプトの屋敷で意識を取り戻したそうだ。


 なんでもカプトはイーリスの魔眼を人工的に作り出そうとしていたらしい。

 セーラをさらったのは、高い魔力を持つセーラなら、それまで起動出来なかった生体魔導具の実験に最適だったかららしい。


 それ以外に聞いた事はないか聞いてみたが、イーリスは再び意識を失い、気がついた時にはこの部屋のベッドだったそうだ。


 1時間ほど二人と会話をしたリン達は、これ以上二人の時間を取っても悪いと言う事でお暇させてもらった。


 二人とも今日はこの宿で一泊して、明日自宅に戻るそうだ。


 それまでは部屋にいるのでいつでも訪ねて欲しいと言ってくれた。

 あまりお邪魔をしても悪いと思うが、好意で言ってくれている事は分かっている、そこでセーラ達も交えた夕食に二人を誘う事にした。

 二人とも「喜んで」と快諾してくれた。


 ーーーーーー


 メグミの部屋を後にしたリンは、悠里とルナにセーラ達を任せ、ウェインの元を訪れていた。


「じゃあ、とりあえず解決って事でいいのか?」


「はい、後の調査はドールの騎士達に任せる事になります。 私たちの仕事はルフィアに戻ってからになりますね」


 ウェインはコルニクスから渡された分厚い書類を軽く掲げると、そう報告した。


 コルニクスに渡された書類は相当なシロモノだったようで、今回の件に関わっていたドールの貴族、金の動き、奴隷の出身、名前まで詳細に記されていたそうだ。

 更には国内に限っては奴隷の売買記録まで記されていたらしく、既に騎士団が動いて買われた奴隷の保護が始まっているそうだ。


「それと、例の屋敷の人たちについてですがーー」


 カプトに買われた奴隷は全体の半数以上を占めていた。

 魂を奪われた人達の人数には満たないが、八割程度はいずれ判明するだろうとの事だった。


 そしてテリーの奥さんについてはーー


「奴らのリーダーが国外の商人に売ったと証言していますが、残念ながらどこの誰かまでは記録にありませんでした」


「……そうか」


 はっきりした事が分かればテリーに話せると思ったリンだったが、ここに来てもまだ、正確な事は分からない。


 本来、コルニクスの記録がどこまで信頼出来るかと言う部分もある。

 デタラメばかりという可能性も決して低くはないはずなのだ。


 だが、リンはウェインの持つ記録は正確な物だと信じて疑っていなかった。

 コルニクスはこの件に関して、ほぼ無関心なのだ。

 違法奴隷の件は本来の目的を達成する為の手段でしかない。

 その本来の目的はカプトが深く関係していた。

 そのカプトも消された以上、彼の目的は達成されていると考えていいだろう。

 となれば、彼にとって違法奴隷の件を引っ掻き回す理由は見当たらない。

 記録を元に、国内で売られた人達が保護されている事を考えれば正確な情報が記されているのも間違いない。


 となれば、わざわざ一部だけ偽っている可能性はほとんどない、というのがリンの考えだった。


 もちろん、重要な秘密があって、そこから目を逸らす為に一部を改竄している可能性もあるが、たとえそうだとしても、コルニクス相手ではそれを追うのは不可能に近い。


 結果、今は変に勘ぐるより、全面的に信用して早期解決を目指す方が生産的だと結論付けた。


 それは、この記録をウェインに渡した時点で話し合って出した結論だった。

 ウェインとテリーもリンの考えに納得しており、異例のスピードで今回の事件は終息に向かっているそうだ。


「閣下、いらしてたんですか」


「ああ、テリーさん、お疲れ様です」


 姿を見せたテリーは昨夜と比べてかなり気力を持ち直した様だが、少し疲れが見えた。


「いえ、このくらいは……と、言いたい所ですが、部下達にいい加減怒られまして、これから休ませてもらう所なんですよ」


 それならばと言う事で、リンはテリーも一緒に夕食に誘う事にした。

 テリーは最初、首を横に振ったのだが、息子が盛大に腹の虫を泣かせた。

 ウェインが笑い声を上げ、息子共々と言う事で誘い、リンも是非にと言うと、「そこまで仰っていただけるのであれば」と申し訳なさそうに了承してくれた。


 一通り話が終わる頃には、空が朱く染まり始めていた。

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