第104話 説明してください

 シルベストル王国ーー


 深い森の奥に存在し、国民はハイエルフのみで構成されていた。

 一部の種族を除き、決して他種族の入国は認められず、国民は国を出る事も禁じられている。

 だが、それは決して排他的な種族だからという訳ではない。


 ハイエルフの持つ技術は今の時代から考えても、飛び抜けて高かった。

 それ故、必ず争いの火種になる。

 だからハイエルフは自分達の国から決して決して外にその技術が漏れないよう、法として定めていた。


 そのお陰でシルベストル王国は永く、穏やかな歴史を築き上げていた。


 だが、終わりは突如としてやってきた。


 魔物を率いる何者かによってシルベストル王国は戦火に包まれたのだ。


 ハイエルフは他の種族と比べ突出した魔力を持って生まれる。

 肉体的な強さは決して高くないが、高い魔力でもって繰り出される魔術によって個々が高い戦闘能力を有している。


 だが、そんなハイエルフ達をもってしても襲いくる魔物達を退けるには至らなかった。

 質を凌駕する量によって蹂躙されたのだ。


 戦線は一瞬にして崩壊ーー

 たちまち王家が暮らす城へと魔物達は至った。


 城を守る戦士達は国の中でも特に腕の立つ者たちが守護していたが、やはり圧倒的な物量に時間を稼ぐことすらままならない。


 王族に連なる者達にいよいよ魔の手が迫る。

 その時、彼らが取った最後の方法ーー


 ハイエルフの血を守る為、時を超え、未来へと逃げる方法だった。


 高い魔力を持つハイエルフにおいても、限られた者だけが操れる時間魔法ーー


 抗う事を諦め、城を守護する戦士達はただ、時間を稼いだ。

 幾人もの魔力をかき集め、魔術を構築する。

 だが、それでも未来へと飛べる者は精々二人が限界だった。


 国を統べる王と、その妻である王妃は決断する。


 娘達に未来を託す事をーー


 王国一の魔術の使い手であった王妃が魔法を構築する。

 だが、時間という絶対的なものを超える大魔法だ。

 王妃に出来たのは構築までだった。

 魔法を構築したところで制御出来なければ、どれだけの時間を飛ぶか分からない。

 下手をすれば永遠に時間の狭間に閉じ込められるかもしれない。


 それ故、構築を王妃が、制御をステファニアが担う事になった。

 だが、のんびりと今の時間から制御する時間はない。

 セーラを連れ、共に時間を超えながら、時間の狭間で制御するしかなかった。


 そんな事が可能なのか誰にも分からない。


 しかし、もはやそれ以外方法は無かった。


 ハイエルフの戦士達が文字通り命を賭けて時間を稼いだ事により、なんとか魔法は完成した。

 だが、それと同時に遂に魔物の軍勢が彼女らの目の前に姿を見せる。


 もはやステファニアとセーラに別れを惜しむ時間すら魔物達は与えてくれない。


 国王が剣を握り、魔物へと斬りかかる。


 たとえ僅かな時間でも稼ぐ。

 愛する娘に別れを告げる時間すら惜しんでーー


 泣き叫ぶセーラを抱え、ステファニアは歯を食いしばり、母が作り出した時間の穴に飛び込んだ。


 背後から聞こえた母の言葉を胸に刻みながらーー


 ーーーーーー


 小さな吐息を漏らし、ステファニアが冷めたお茶を口にする。

 セーラは俯き、その表情は伺えない。

 だが、握り締められた拳は小さく震えていた。

 それが、恐怖からなのか怒りからなのかはリン達にはわからない。


「今、ここにこうしていられるのは、お父様とお母様、そして命を賭けてくれた同胞のお陰ですわ」


 そう口にしたステファニアは冷静な表情を保っているが、カップを持つ手はセーラと同じく小さく震えていた。


「……なるほどな、まぁ過去から来たって話は分かった。 正直信じられない思いもあるが、セーラの様子を見ても今の話が作り話って事はなさそうだ」


 リンは内心、色々気になる事があるものの、はあえて何も聞かない。

 雰囲気的なものもあるが、まだ話は終わっていない。


 セーラとステファニアは一緒に時間を超えた。

 だが、悠里がセーラと出会った時、ステファニアの姿は無かった。

 それどころか、カプトとの戦いの最中まで一度として姿を見せなかった理由がまだ語られていないのだ。


 そこのところを聞かなければならなかった。


「二人がここにいる事を考えれば魔法は成功したと考えていいんだよな? そうなるとどうしてステファニアは今の今まで姿を見せなかったんだ?」


 リンの言葉にステファニアは小さく首を横に振った。


「成功した、とは言えませんわね。 本来なら精々が百年程度の時間跳躍で考えていました。 しかし、結果は千年もの時間を超える事になってしまいましたから」


 何故千年もの時間を超える必要があったのか疑問だったが、その言葉でようやく理解出来た。


 ステファニアの話が本当ならば、千年という時間跳躍は魔法の失敗によるものだった。


 確かにそれなら時間を超えて逃げた理由としては納得のいく話だ。


「なら、魔法が失敗したからセーラとステフィは離れ離れになってしまったって事?」


 悠里の予想通りなら確かに辻褄は合う。

 セーラが先に時間の狭間から抜け出し、ステファニアは遅れて脱出した。

 それが、偶然にも都合良く、カプトとの戦闘中で、悠里達のピンチを救ったと考えれば、というご都合的な解釈がまかり通ればという事にはなるがーー


「違う、ステフィお姉様はもっと前から姿を消していました。 それこそ時間の狭間にいるその時から」


 セーラの鋭い視線がステファニアへ向けられる。

 鋭いと言ってもそこに敵意などは無い。

 非難めいた感情と憤りが見て取れる。

 リンの目には置いてけぼりを食らった幼い妹が拗ねているように見え、少しだけ微笑ましい光景に写っていた。


 だが、そんな妹の視線に冷や汗をかくのがステファニアだった。

 これまで見せていた、どこか威厳のある佇まいや、凛とした表情が嘘のように、目を泳がせ、バツが悪い様子を見せている。


「えーっと、その、わたくしも悪気があった訳じゃ無いのよ?」


 しまいには口調も変わりしどろもどろ、明らかに様子がおかしい。


「説明してください」


 セーラの口調は有無を言わせぬ迫力があった。


 心なし、ひと回り小さくなったステファニアはポツポツと説明を始めた。


 ーーーーーー


 ステファニアの目に飛び込んできたのは黒だった。

 どこまでも続く深い闇と、耳鳴りがする程の静寂ーー


 自分の姿すら目に映る事は無く、足元には何もない。

 上も下もなく、浮遊感に方向感覚は一瞬で失われる。


 音も光も無く、当然匂いもない。

 一瞬にして五感の全てを奪われた気がした。


 だが、すぐにそれが勘違いであった事に気がつく。


 腕の中で震える存在ーー

 自分が守るべき大切な妹の感触にステファニアは我に返った。


 このまま時間の狭間に取り残される訳にはいかない。

 母が作り上げたこの魔法を制御出来るのは自分しかいない。


 ステファニアはすぐさま魔法の制御を始めた。


 やるべき事がはっきりしてしまえば、この暗闇も無音の空間も気にならなかった。

 必死に母が作り上げた道筋を維持し、安定かさせる。


 だが、セーラはそうはいかなかった。


 自分の姿も姉の顔も見えず、セーラはただ恐怖した。

 時折聞こえて来る姉の励ましの言葉に最初は耐える事が出来た。


 だが、それも長くは持たなかった。


 なにも無い虚無の中、時間にすれば数十時間は経過していただろう。

 その間、姉の集中を欠いてはいけないと、セーラは一人必死に耐えていた。

 だが、その結果、彼女は暗闇に飲まれてしまった。


 父と母を失い、帰る場所すら失った。

 絶望に心を支配されてしまった。


 ステファニアが気がついた時には、セーラの心は限界だった。


 ステファニアは魔法を制御しているが故に、感覚的なものでゴールが分かる。

 やるべき事があれば余計な事を考える事もない。


 だが、セーラは違う。

 このままでは心が壊れてしまう。


 そう思ったステファニアは、セーラを守る為にある魔法を使った。


 自らに他者を封じる魔法ーー


 封じられた者は深い眠りにつき、術者が封印を解かない限り目覚める事は無い。


 本来は凶悪な魔物などを封じる魔法だが、あくまで封じるだけの魔法だ。


 セーラはステファニアの中で眠り、時間の狭間を抜けた後、封印を解けばいいだけの筈だった。


 だがーー


 結果は失敗だった。


 それも最悪の形で失敗してしまった。


 封じる筈だったセーラに逆に封じられるという最悪の失敗だった。

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